2014年6月4日水曜日

誕生日、都営バスに乗ったら


鬼子母神のちかくまで出かけた帰り、JR目白駅まで引き返すのがいやなので、
バスに乗って、新宿駅西口まで出ようとした。
見物気分だから、空席をさいわい、一番前の 座席によじ登る。
窓外を流れていく目白通りが5月の風を受けてとてもきれいだ。
どんなにゼネコンが近代化しようとし、破壊に破壊を重ねても、消せない日本の面影 。
明治を感じさせる大通りがあり、バスは昔からの椿山荘ホテルの前を過ぎ、
独協中学だとか日本女子大学の前を通っていく。
こんな風景のなかを学校に通う学生がうらやましいなーと思った。

運転手がめったにいないような人だった。
運転技術がよいだけじゃなく、マイクを通してきこえる案内が親切。
淡々とした低い声がよく透る。
なんの抑揚もないわけだけれど、乗り降りの老若男女に邪慳じゃない、
乗客が間に合わず走ってくると、表情は変えないけれど黙って待っていてくれるのだ。
バスの正面のガラスに映る景色が、斜めの陽光を浴びて、
風景がまるで外国のようにも見えるので、
運転手もそんなことを、バスを運転しながら考える日もあるのだろうかと、横顔を見る。
どこか憂愁をおびた無表情な彼の顔を。

いつか見たことを彼が小説に書く日が、くるのだろうかしら?
指輪をしているから、結婚しているのだろう、きっと。
人生が今と違ったものになる日がくるかしら、彼にも。
混雑した大通りを、なんと危なげなく正確に、彼は通り抜けたことだろう。
種々雑多な乗客を、停留所でさばいたことだろう。
たいそうなビルがたち並ぶ大都会が、
若い彼の運転するバスの前につぎつぎにドラマティック な姿を見せる。

それは、あたりまえのようでいて、めったに見られない手際であり、心がまえだった。 
新宿駅西口が近づくと、通りはぐちゃぐちゃになり、停留所は停車できない場所となり、
乗客の昇降もたいへんになった。
それでも、当然のことながら、バスは走っては止まり、走っては止まって、
乗客を乗せては降ろした 。たいした安定ぶりだった・・・。

知ってる人がきいたら、みんなが呆れるだろうと思ったが、
『出口』が運転席から遠くのほうで、乗客はみんなそれぞれ降りようと急いでいたから、
勇気をだして運転手の腕にさわって、あのう、と私は言った。
自分が思ったことを降りる前になんとかして彼に伝えたかった。
いい運転。と私は彼に言った。素晴らしい運転ぶりで感激しました。
 おかげさまで楽しくて安心でした。
がんばってください。
その人は、石上涼太という名まえである。名札で読んだらそうだった。
名前のような人だなーと思うとおかしかった。石の上の安定した涼しげな運転。
もしか、いつかこの路線を走ったなら、バスで。
私の友だちがみんなイシガミリョウタにあたるといいなと、そんな気のする運転だった。