新宿明治安田生命ホール 松元ヒロライブ。
ヒロさんのライブが好きで、以前はチケットを20人分予約し、みんなに
買ってもらっていた。ぜひ観てほしいぜひと、頼まれたわけでもないのに。
90分間を大笑いしてすごす楽しさ、である。
松元ヒロはひとり語りで、
今日の政治にかんする言いようもない私の、みんなの、
わが怒りわが腹立ちわが憤慨を、おかしな具合にじゃかすか、
もうありとあらゆる方法で、表現するのである。
なんてったってスカッとしてしまう。
それでいて、彼はぜーんぜん下品じゃないのだ。
今回は香月泰男という画家についてのコント、描写がとてもよかった。
耳から入ってくる文学。ユーモア。そして日本の歴史。
幼稚園で働くようになって、私はどこにも行けなくなった。
くたびれるものだから、働くだけにどうしてもなってしまう。
しかし働く日々は、それはそれでよいものだった。
ヒロさんが舞台上に描き出す世界、
日本という国のおかしさやゆがみ、かなしさや、理不尽な現実のなかに、
たぶん一番よいかたちで、自分も参加できていたから。
子どもはおかしく、親たちもおもしろくって、私はいつも笑った。
でもまたヒマになったので、今度は劇場にみんなをさそって、
みんなで大笑いしたいなーと思う。
よろこんだり、笑ったり、よくわかったりする時間をふやす。
そうやって、みんなで生きていくのだ!
気持ちはあっても、私は自分じゃ、あんなふうに語れない。
あんなふうに人を笑わせられない。
残念だ。
でも残念だけど、いいじゃないの、ヒロさんがいるから。
My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2011年9月10日土曜日
2011年9月8日木曜日
ワシントン ナショナルギャラリー展へ
アメリカのナショナル ギャラリーが今回はたくさんの絵画を
貸し出してくれたのだとか。
朝はやく美術館に行ってみたら、もう行列ができていたけれど
それでも比較的ゆっくり、見たことのない絵もたくさんながめて、
散歩のような時間を過ごした。
印象派、それから後期印象派とよばれる人たちの作品。
ロートレックの『カルメン・ゴーダン』を、とても美しいと思う。
小さい絵が金色の素晴らしい額に入っている。
働きどうしらしい、そんなに若くもない黒いブラウスの女。
灰色の荒れた手の彼女は、暗い壁を背景に、
棕櫚の鉢植えの前にすわり、光の来るほうを荒々しくみつめている。
けわしい横顔とまっすぐな姿勢の緊張。
ロートレックがとらえて描きだした外からの光が、
この女のあかい前髪をやわらかくふわりと輝かせ、
そのやわらかな光の放射が、暗黒を照らすランプのように、
絵の中の彼女の、灰色がかったきつい青い目、不満そうな口、
白い首や、寒さで赤らんだ頬や鼻、そういったなにもかもすべてを、
すばらしく美しいものに、
美しいとしかいえない姿に変えてしまったわけである。
とらえられた永遠。
きびしい労働のみが可能にした美の領域。
トゥルーズ・ロートレック (1864-1901)
2011年9月7日水曜日
おーい、遥さん
ははは。あーあ。
あなたに言われたとおり、毎日ブログにむかいましたが、
ブログのほうで、動かせないっ、とどうしてだかガンとしてゆずらないのよ。
個人で解決しろ、とあなたの弟が言うのでがんばりましたが、どうしてもダメ。
それでまたもや空白期間が。
やっと今日、たすけてもらって復活できたのかも。
私は元気で、あっちに行き、こっちに行きしてくらしています。
これでなんとかなるかどうか、「短い文で確かめてください」と
なおしてくれた人が言うので、ご連絡まで。
2011年9月3日土曜日
憲法の集い2011 鎌倉 ①
4月9日(土曜日)
鎌倉九条の会はこの夕べ、井上ひさしさんを追悼する大集会を行う予定であった。
会場は鎌倉芸術会館、大船。講演者は、内橋克人、なだいなだ、大江健三郎の三氏。
私のことなど言うにあたいしないが、もう遠くて。
明日日曜日は会議だし体力が無い。行きたいのだが行けると思えない。
土日休まず、ぶっ通しで次の一週間働くなんて、今の自分にできるだろうか。
参加するべきだ、参加するべきだ。
やめようと考えては思い直す。
疲労で呆然としながらクルマを運転、午前中の仕事を片付けてもまだ迷い、
やっと決心がついて、チケットを手に入れ、大船へ。
3.11以来、
「破滅の日」が巨大な壁となって私たちの目前にそびえ立っている。
その感覚。孤独そのものの認識。
かつて大江さんに指摘された、いや大江さんだけではない、
学者、原子力発電所で働いて死んだ人、この団地の住人。
映画、芝居、講演会、買い求めて途中まで読んだ本も雑誌も。
友人たちとの会話、みっちゃんが個人で出し続けた反核家族新聞だって。
私たちみんなをかこんでいた、原発の恐ろしさを告発する論理の集積。
冷笑をうかべ、片頬をゆがませ、わずかに唇をひんまげて、
原発がなくてどうする、、米軍基地がなくてどうする、
あなたたちは今みたいに暮らしていかれないよ。
そういう男は多く、
主人がそう言うんですし、難しいことはわからないので、という女は多く。
私といえばいつも、なまはんかに位負けして。
この日、大江さん、内橋さん、なださんはどう語ろうと決めたのか。
作家。経済学者。精神科医。
彼らが加わる民主的運動、彼らの言動、彼らの書くもの。
私は知識と誠実をあわせもつ人の見解をきいて、その上でよく考えたかった。
原発に関する知識をもう一度、と期待したのでは無かった。
破壊の巨大さから言って、なんにもわからないなんて大人のいうことではない。
破滅だとしてどうする。
それが私たちみんなの、今日只今の正直で切実な疑問というものだろう。
私たちはそれでも生活し、子どもたちを育て、死ぬ日までは生きるのである。
なんにせよ、知らない顔ではいられない立場というものがある。
職員と親と子どもに対して、園長とはそういうものではないか。
共同体の人々に対して、年寄りとはそういうものだろう。
親であるということもそうだ。
父親であれば母親であれば、子どもに対してヒトはそういう立場に立つのである。
程度の差こそあれ、おとなにはおとなの責任がある。
ふだんはどこかのんきで、そんなことは思いもしないのだけれど。
日ごろ幼稚園は幼児の保育をになう、一見平和なばかりの現場である。
幼稚園には幼稚園らしいイメージというものがガンコに存在している。
日々平安を土台に、政治だの運動だの激動だのを徹底的にきらうのだ。
しかし、命は、日々の生活に支えられ、生活する者は明るい見通しを必要とする。
見通しをもちたい。日々平安につながるなんらかの。
亡き井上ひさしさんは、私たちにのぼれる階段を示す人だった。
実行がむずかしい高級な理論ではなく、と、ヘトヘトの私はいま一度ねがった。
鎌倉九条の会はこの夕べ、井上ひさしさんを追悼する大集会を行う予定であった。
会場は鎌倉芸術会館、大船。講演者は、内橋克人、なだいなだ、大江健三郎の三氏。
私のことなど言うにあたいしないが、もう遠くて。
明日日曜日は会議だし体力が無い。行きたいのだが行けると思えない。
土日休まず、ぶっ通しで次の一週間働くなんて、今の自分にできるだろうか。
参加するべきだ、参加するべきだ。
やめようと考えては思い直す。
疲労で呆然としながらクルマを運転、午前中の仕事を片付けてもまだ迷い、
やっと決心がついて、チケットを手に入れ、大船へ。
3.11以来、
「破滅の日」が巨大な壁となって私たちの目前にそびえ立っている。
その感覚。孤独そのものの認識。
かつて大江さんに指摘された、いや大江さんだけではない、
学者、原子力発電所で働いて死んだ人、この団地の住人。
映画、芝居、講演会、買い求めて途中まで読んだ本も雑誌も。
友人たちとの会話、みっちゃんが個人で出し続けた反核家族新聞だって。
私たちみんなをかこんでいた、原発の恐ろしさを告発する論理の集積。
冷笑をうかべ、片頬をゆがませ、わずかに唇をひんまげて、
原発がなくてどうする、、米軍基地がなくてどうする、
あなたたちは今みたいに暮らしていかれないよ。
そういう男は多く、
主人がそう言うんですし、難しいことはわからないので、という女は多く。
私といえばいつも、なまはんかに位負けして。
この日、大江さん、内橋さん、なださんはどう語ろうと決めたのか。
作家。経済学者。精神科医。
彼らが加わる民主的運動、彼らの言動、彼らの書くもの。
私は知識と誠実をあわせもつ人の見解をきいて、その上でよく考えたかった。
原発に関する知識をもう一度、と期待したのでは無かった。
破壊の巨大さから言って、なんにもわからないなんて大人のいうことではない。
破滅だとしてどうする。
それが私たちみんなの、今日只今の正直で切実な疑問というものだろう。
私たちはそれでも生活し、子どもたちを育て、死ぬ日までは生きるのである。
なんにせよ、知らない顔ではいられない立場というものがある。
職員と親と子どもに対して、園長とはそういうものではないか。
共同体の人々に対して、年寄りとはそういうものだろう。
親であるということもそうだ。
父親であれば母親であれば、子どもに対してヒトはそういう立場に立つのである。
程度の差こそあれ、おとなにはおとなの責任がある。
ふだんはどこかのんきで、そんなことは思いもしないのだけれど。
日ごろ幼稚園は幼児の保育をになう、一見平和なばかりの現場である。
幼稚園には幼稚園らしいイメージというものがガンコに存在している。
日々平安を土台に、政治だの運動だの激動だのを徹底的にきらうのだ。
しかし、命は、日々の生活に支えられ、生活する者は明るい見通しを必要とする。
見通しをもちたい。日々平安につながるなんらかの。
亡き井上ひさしさんは、私たちにのぼれる階段を示す人だった。
実行がむずかしい高級な理論ではなく、と、ヘトヘトの私はいま一度ねがった。
2011年8月28日日曜日
そして「毎日が夏休み」
「毎日が夏休み」は1994年の映画だった。
私が住んでいる団地が、主人公たちの生活空間としてふんだんに使われている。
大島弓子原作のロマンティックコミックの映画化に、ちょうどよかったのね。
絵空事で綿菓子みたいなふわふわとした映画なんだけど、
住宅全体と遊歩道から裏の小山までが映る、その上なんでもかんでも今より新しい。
私が引っ越してくる七年もまえ。当然、木から芝生からベンチまで新鮮である。
でも、これじゃ撮影中は、大規模修繕の時みたいに鬱陶しかっただろうなー。
風景がむかし新しくって今はその頃より重厚。変ってない。嬉しいことだと思う。
私が住んでいる団地が、主人公たちの生活空間としてふんだんに使われている。
大島弓子原作のロマンティックコミックの映画化に、ちょうどよかったのね。
絵空事で綿菓子みたいなふわふわとした映画なんだけど、
住宅全体と遊歩道から裏の小山までが映る、その上なんでもかんでも今より新しい。
私が引っ越してくる七年もまえ。当然、木から芝生からベンチまで新鮮である。
でも、これじゃ撮影中は、大規模修繕の時みたいに鬱陶しかっただろうなー。
風景がむかし新しくって今はその頃より重厚。変ってない。嬉しいことだと思う。
2011年8月27日土曜日
ユウシュウ
八月がはじまり、八月がおわろうとしている。
歯の治療。クーラーの清掃。車検。配水管清掃の日。その他その他。
避けられぬトラブルを乗り越えた開放感があるわけだが、
ヒトを選び、技術をえらび、失礼のないように応対し、高額を日々支払い、
鎧(よろい)を脱げないというか、義務教育が一生続くような、コワイ感覚。
団地の掲示板に、雨にあたって色あせた「お知らせ」が画鋲でとめてある。
「毎日が夏休み」
明日の夜、BSテレビジョンで放映される映画の題名で、
私たちの居住区域が舞台につかわれている、という。
スケジュール闘争、一生成長、毎日達成感。ゆりかごから墓場まで。
歯の治療。クーラーの清掃。車検。配水管清掃の日。その他その他。
避けられぬトラブルを乗り越えた開放感があるわけだが、
ヒトを選び、技術をえらび、失礼のないように応対し、高額を日々支払い、
鎧(よろい)を脱げないというか、義務教育が一生続くような、コワイ感覚。
団地の掲示板に、雨にあたって色あせた「お知らせ」が画鋲でとめてある。
「毎日が夏休み」
明日の夜、BSテレビジョンで放映される映画の題名で、
私たちの居住区域が舞台につかわれている、という。
スケジュール闘争、一生成長、毎日達成感。ゆりかごから墓場まで。
2011年8月25日木曜日
弟くんのママ、おーい
「ふしぎなバイオリン」という単純な絵本がある。
絵も文もイギリスのクェンティン ブレイク。
私はそれを、山花さんの山荘の本棚で見つけて真夜中に読んだ。
ひらがなばかりの小さな本。
たのしげな彩色のへんてこなページのなか、
気のよさそうな太陽を背に、パトリックというわかものが、
バイオリンを買いにいく。
パトリックがあるいていくのんきな通りは、
とくべつきれいでも、きたなくもないんだけど、わさわさとにぎやか。
そのまんま童話のせかいの町なのである。
で、パトリックはすんなり、バイオリンを買っちゃう。
やせていて、しろい紙のかお色のウスバカゲロウみたいなパトリック。
買ったバイオリンのホコリをフッとふいたら、そのホコリはふわわんとホコリっぽく金色。
池のほとりの草にすわってひくと、へんてこりんなことに、
魚たちがいっぴき、またいっぴきと、空中をとびまわりだす。
その魚たちが、まるで幼稚園の子どもみたい。
ああ、子どもってこんなだったんだ。
で、つぎのページにいくと、男の子と女の子が登場する、カスとミックである。
このふたりもまた、私がしっていた子どもたちにそっくりである。
どこが?
ああ、幸福になり方が、かなあ。
幼稚園のひだまり門であう人たちのなかに、
どことなくブレイクの描く絵に似たレインボウカラーの母子がいた。
5才の女の子と2才の男の子。
毎朝ふたりは長身のママにつれられてやってくる。
私はオハヨウと言い、弟の小さな手をとって握手しようとする。
かならず坊やが私にあいさつしようと騒ぐからだ。
ママは重い彼を片腕で抱っこし、黙って笑っている。
大きめな2才。歩く時もあれば、ダッコダッコと泣きわめく時もある。
ある日のこと、めずらしく女の子がママとふたりだけで登園してきた。
ええと、名まえがわからなくって、
「弟くんは? どうしたの?」
なにかを思う目をして女の子が、
「かぜひいて熱がでた、だから、おばあちゃんがみてる」
家においてくる時タイヘンだったろうと私は想像したが、
「うん、だいじょうぶだったの」
ママのほうは私たちの話しがおわるまでヨコで待っている、寡黙なのである。
以後、
「弟くん、今日こなかった、うちでおるすばん」
女の子は思いだしたみたいに、ときどき私に報告した。
ながい髪をおくれ毛いっぱい、頭のてっぺんでぐるぐる巻いてとめている。
ママとそっくり系の、胸から肩がむきだしになりそうなTシャツ。
フニャフニャの上着は首から背中のへんまでタレておっこちそうだ。
半ズボンで、というのが幼稚園の方針なんであるが、いつもタイツ。
タイツの上にだらだらんとファッションパンツ。
園庭で走ったら、ころんじゃうよー。
およそ私なんかにはよくわかんない姿かたちでママと出現するけど、でも。
よく見ると、こんがり日焼けして、くったくなさそう、じょうぶそう。
たとえドッところんだところで、ちょっと泣いたら立ち上がるはずの子どもだ。
弟くんにママを取られっぱなしだろうに、気にしてるふうもない。
基本が健康。
そう、これはもしかしたらたいしたことなんじゃないか、と思う。
まだよく舌のまわらない二才が、毎朝、私にオハヨウと言いたいのだって、
考えてみれば、内気で寡黙な母親の、心の奥にあるなにかが始まりのはずなのだ。
好意というものがなければ、オハヨウはない。
ドレイクが描いた子どもの世界には、塀もなければ、規則もない。
子どもや若い親をしばるいいわけは、いつだって、どこにだってたくさんある。
規則と塀のほうから、リクツを出発させたらおしまいなのに。
なんだか、弟くんのママ、おーいという気持ち。
ふしぎなバイオリン
文・絵 クェンティン・ブレイク
訳 たにかわ しゅんたろう
岩波の子どもの本
絵も文もイギリスのクェンティン ブレイク。
私はそれを、山花さんの山荘の本棚で見つけて真夜中に読んだ。
ひらがなばかりの小さな本。
たのしげな彩色のへんてこなページのなか、
気のよさそうな太陽を背に、パトリックというわかものが、
バイオリンを買いにいく。
パトリックがあるいていくのんきな通りは、
とくべつきれいでも、きたなくもないんだけど、わさわさとにぎやか。
そのまんま童話のせかいの町なのである。
で、パトリックはすんなり、バイオリンを買っちゃう。
やせていて、しろい紙のかお色のウスバカゲロウみたいなパトリック。
買ったバイオリンのホコリをフッとふいたら、そのホコリはふわわんとホコリっぽく金色。
池のほとりの草にすわってひくと、へんてこりんなことに、
魚たちがいっぴき、またいっぴきと、空中をとびまわりだす。
その魚たちが、まるで幼稚園の子どもみたい。
ああ、子どもってこんなだったんだ。
で、つぎのページにいくと、男の子と女の子が登場する、カスとミックである。
このふたりもまた、私がしっていた子どもたちにそっくりである。
どこが?
ああ、幸福になり方が、かなあ。
幼稚園のひだまり門であう人たちのなかに、
どことなくブレイクの描く絵に似たレインボウカラーの母子がいた。
5才の女の子と2才の男の子。
毎朝ふたりは長身のママにつれられてやってくる。
私はオハヨウと言い、弟の小さな手をとって握手しようとする。
かならず坊やが私にあいさつしようと騒ぐからだ。
ママは重い彼を片腕で抱っこし、黙って笑っている。
大きめな2才。歩く時もあれば、ダッコダッコと泣きわめく時もある。
ある日のこと、めずらしく女の子がママとふたりだけで登園してきた。
ええと、名まえがわからなくって、
「弟くんは? どうしたの?」
なにかを思う目をして女の子が、
「かぜひいて熱がでた、だから、おばあちゃんがみてる」
家においてくる時タイヘンだったろうと私は想像したが、
「うん、だいじょうぶだったの」
ママのほうは私たちの話しがおわるまでヨコで待っている、寡黙なのである。
以後、
「弟くん、今日こなかった、うちでおるすばん」
女の子は思いだしたみたいに、ときどき私に報告した。
ながい髪をおくれ毛いっぱい、頭のてっぺんでぐるぐる巻いてとめている。
ママとそっくり系の、胸から肩がむきだしになりそうなTシャツ。
フニャフニャの上着は首から背中のへんまでタレておっこちそうだ。
半ズボンで、というのが幼稚園の方針なんであるが、いつもタイツ。
タイツの上にだらだらんとファッションパンツ。
園庭で走ったら、ころんじゃうよー。
およそ私なんかにはよくわかんない姿かたちでママと出現するけど、でも。
よく見ると、こんがり日焼けして、くったくなさそう、じょうぶそう。
たとえドッところんだところで、ちょっと泣いたら立ち上がるはずの子どもだ。
弟くんにママを取られっぱなしだろうに、気にしてるふうもない。
基本が健康。
そう、これはもしかしたらたいしたことなんじゃないか、と思う。
まだよく舌のまわらない二才が、毎朝、私にオハヨウと言いたいのだって、
考えてみれば、内気で寡黙な母親の、心の奥にあるなにかが始まりのはずなのだ。
好意というものがなければ、オハヨウはない。
ドレイクが描いた子どもの世界には、塀もなければ、規則もない。
子どもや若い親をしばるいいわけは、いつだって、どこにだってたくさんある。
規則と塀のほうから、リクツを出発させたらおしまいなのに。
なんだか、弟くんのママ、おーいという気持ち。
ふしぎなバイオリン
文・絵 クェンティン・ブレイク
訳 たにかわ しゅんたろう
岩波の子どもの本
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