My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2019年3月9日土曜日
重たい本
図書館で予約しておいた本をうけとる。
「神秘の島」またしても上・下巻。ジュール・ヴェルヌである。
重たくてついよろけてしまい、図書館の人に両方おもちになりますかというような
身振りをされた。すごく面白いにきまっているのだ、持って行くことにする。
私はとにかく家までの坂道を歩いた、でも大変だった。
小さい物入れは肩からさげて、右手に従来の大型バッグを持ち、
大型バッグの中に借りた本を3冊いれたんだけど、右手がちぎれそうというべきか、
75才にはムリというべきか・・・一冊をとにかくバッグからだして、
左手に持つことにした。そうしたら、やっと、花の終わったタンポポの濃い緑の葉が
眼に入るようになった。
ジュール・ヴェルヌ って、なんでまた、こんなに重い本ばかり書けたのかな!!
2019年3月8日金曜日
海底二万海里
ここ数日、「海底二万海里」上・下巻を、読もう読もうとして、
上巻を読むかと思えば、下巻に移動し、どうにもならず、
あとがきを読めば読む気も起こるかと、「あとがき」に取り掛かり、
がしかし、翻訳者によるここもつい飛ばして読む。こまって3日間ずっとこの調子。
ジュール・ヴェルヌ作世界海底旅行冒険談、二冊(上・下)びっしり魚類貝類海藻で、
深層海水大嵐孤島大陸潜水艦、百科事典を読む感覚。博物誌にとりつく感じ。
私には、まったくダメな分野だが、どこを読んでもどうせ海なんだからと、
本の内容をあっちこっちしているうちに、おぼろげながら、慣れてきた・・・。
そしてすごく憂鬱になってきた。
なぜ自分はこれまで地球に住んでいたのに、万物に無関心なまま生きたのだ。
貧弱な読解力で切れぎれにやっとこさ「海底二万海里」を拾い読みして。
壮麗豪華絢爛そのたそのたの深海大海原に、いまさら惹かれてどうなるか。
2019年3月7日木曜日
愉快な書評
書評を朝日新聞出版の編集者の上坊さんに送ってもらって、
編集作業はとっくに終わっているのにと、親切がうれしい。
ふわりと届いた その書評が気にいっちゃって、陽気になった。
やっとロードショーが始まった映画「あの日のオルガン」の原作。
書評の小見出しはこうである。
園児たちの命を
守り抜いた
普通の20代の
保育士たちの
不思議な戦中記録
書き出しはこう。
「なんだか不思議な本である。」
読むとおかしい。
まず「出版社による説明文の要約」を紹介したあと、書き手はこういう。
山田裕宇、30代かな40代かな、その人の文章がはじまるんだけど。
いかがだろう。ここまででちょっと読んでみようかな、と思ったあなたは書店へ
GO。まだムムムなあなたのために、この書評は続く。
書店へGOってと私はあきれたが、今どきはこれが近代的マンガ型、抵抗なく
読めちゃうのかしらと、次の行へ進んだら、もっとおかしい。
戦時中を描くノンフィクションではあるが、誰もが知る名著「火垂るの墓」
がごとく心がギュッとなり、ついで胃袋もギャッとなって、普段は旺盛な食欲
もさすがに肩を落とし、図らずもダイエットに成功。なんていう副作用は本書
にはない。私たちが想像もできないほど過酷な疎開保育の実情をなんともさわ
やかに描き切る、不思議な戦中記録なのだ。
私はどうしてかこの「ギュッとなり」「ついでギャッとなり」のくだり?が 好きで、
野坂先生すみませんと思いつつ、何度も、読むたび笑うのだが、この山田さんの
書きっぷりのなかで、感心させられたについては、別のこともあった。
鮮やかにふざけながらこの書評人は、私の文章の「戦中記録」の「不思議」を、
以下のようにスカッと説明する。
経歴を見てみると、著述家になる前は劇団で俳優を7年間していたという。
劇団生活で身についた自分ではない誰かになり切る技術が、当事者視点の
一人語り形式を多く取り入れた、ノンフィクションとして一風変わった印象を
を受ける本書の秘密かもしれない。
劇団で7年、その前の演劇大学で2年、あの俳優修業の年月を、私は挫折でくくるしか
ないと考えていたが、文章の「技術」をはぐくんでいたのだと、
書評が教えてくれたのである。
最後に、
勇気が湧いてくる。
と彼または彼女?は書いてくれているが、ページのくくりがまたヘンで、字数の
都合なんだろうか、おわりはこうである。
何はともあれ、戦争ダメ、ゼッタイ。
自由な書体というべきか。
なかなか「保育通信」を読むに至らないだろう保育士さんを相手の苦戦が、
とてもステキである。
ホントにありがとう、山田裕宇さん。
2019年3月6日水曜日
現状認識
かしこくて若い編集者に恵まれたことで、旧作を復刻する仕事は興味深いものに
なった。
朝日新聞社って複雑で大きな組織だと思う。
ある日は右翼の街宣車が、正面玄関に向かって大音響で抗議を繰り返し、
ああ、これだから制服を着た警備員が何人もいるのかと、気がついたりした。
新聞社は小さな街ぐらいもあって、喫茶店や本屋、レストラン、その他その他が
巨大で頑丈そうなビルディングにのみこまれている。それがとても面白い。
なにしろ、自分は遠い多摩市から「築地市場」駅まで行くのである。
私は老眼のはじまった弱い視力で、手にあまるわが国の現状を見よう、判ろう
としている、そんなことを意識する・・・。
mass communicationとはよくいうマスコミのことだけれど、
大量の情報を流す新聞とかテレビとか。
朝日新聞社に行くと、いわば故郷見学のようで、自分は楽しくてほっとするけれど、
一方で昔ながらのマスコミが、今はスマホに取って代わられて、その凄まじさが
どうにもこうにもおそろしいという気持ちにもなる。
スマホトリビアフォン、スマートでかしこいでんわ。
メールもできて、でんわもできて、ゲームも。
ニュースもわかる、あらゆることを電話の小さな画面で閲覧する。
銀行や税金の操作だってできるらしい。
電車に乗れば向かいの座席の人は全員スマホに取りこまれている。
老いも若きも、働き盛りの中年も、赤ちゃんを連れた母親まで。
魂をうばわれて。
魂。人間からそれが奪われて。
たしかに少し、義務みたいなものを、忘れられるはずのゲームだ。
都市の真ん中は遠い。
私鉄に乗って新宿を歩いて、都営地下鉄に乗って。
旅とも言えない旅の時間が、無表情にかこまれて終わるなんて。
2019年3月5日火曜日
どういうわけか
どういうわけか、私は何日か前から、「海底二万海里」を読んでいる。
その前はドラ・ド・ヨングの「あらしの前・あらしの後」を読んでいた。
私を育ててくれた母が岩波書店の編集者だったので、この私は岩波少年文庫育ち、
読書好きの私の娘は、たぶん私の子ども時代の本を読みながら、彼女の読書選択の幅を
母親の私より更に広げて、私とは傾向のちがう読書家になっていったのだろうと思う。
それはともかく、・・・。
「海底二万海里」は天才の作品だ。
ビリビリと電気が脳に躍り込んでくるように、すべての描写に興奮させられ、
いまだ経験したことのない作者ジューヌ・ヴェルヌの博学と筆力に、心が躍る。
でも、私は「あらしの前・あらしの後」もすきなのだ。
なぜかといえば、それは日本が「あらしの前」だから。
私が「あらしの」終焉期に生まれ、「あらしの後」に少女時代をすごし、
ふたたび日本が「あらしの」つまり戦(いくさ)の直前にいるらしいと感じるからだ。
2019年3月4日月曜日
簡単とたたかうって
世界は「簡単化」と
たたかうことが、もうできない。
小さいころからの習慣で、私は活字を愛し、今でも読書三昧なくらし、
それはほんとうに、古びた木枠に入ってしまった人生だ。
流行らない。あともどりもできない。
驚いたことに自分のむかしの仕事が突然、今の世の中に通用するものになって、
その本が、映画という最先端事業とかかわることになった。
「昔」と「今」が私の目の前で、一年半まえから急激な勢いで、同時展開した。
戦前の歴史の一部を再現した「君たちは忘れない」が「あの日のオルガン」になり、
命運をかけてのロードショーが2月22日から始まっている。
「むかし」といったってたかだか80年前。
書き手の私はむろんのこと、疎開保育園の園児たちだって、げんきな人はげんき。
たたかうことが、もうできない。
小さいころからの習慣で、私は活字を愛し、今でも読書三昧なくらし、
それはほんとうに、古びた木枠に入ってしまった人生だ。
流行らない。あともどりもできない。
驚いたことに自分のむかしの仕事が突然、今の世の中に通用するものになって、
その本が、映画という最先端事業とかかわることになった。
「昔」と「今」が私の目の前で、一年半まえから急激な勢いで、同時展開した。
戦前の歴史の一部を再現した「君たちは忘れない」が「あの日のオルガン」になり、
命運をかけてのロードショーが2月22日から始まっている。
「むかし」といったってたかだか80年前。
書き手の私はむろんのこと、疎開保育園の園児たちだって、げんきな人はげんき。
2019年3月3日日曜日
3月3日
一年半ばかり、「君たちは忘れない」の映画化と復刻版発行に関わっていて、ブログをどうにも再開できなかった。ブログになにかを書きとめようとしてもぼんやりしてしまう。ふつうの生活が映画会社を相手のとんでもないものに変わったからだ、きっと。
そういう生活が苦しくて、ついつい簡単なメールをやりとりしてしまう。短文である。そうすると、文章力みたいなものが、おそらくメールに、・・・メールという名まえの見知らぬものに吸い取られてしまうわけだ。おそろしいほどさりげなく、もう本当に確実に。
むかし、子どもが3人いた時、私はテレビをブン投げて捨ててしまった。
子どもたちはどんなに私を恨んだことだろうか。
恨んでもダメだと私はゆずらなかった。
それは、「ことば」に対して私が純粋であり、信念をもっていたからだ。
うちは文章の家だと私は説明していた。
そこはゆずらないで不便をしのいだ。
こんどは、自分がメール通信というものを捨てるべきだと、思う。
そういう生活が苦しくて、ついつい簡単なメールをやりとりしてしまう。短文である。そうすると、文章力みたいなものが、おそらくメールに、・・・メールという名まえの見知らぬものに吸い取られてしまうわけだ。おそろしいほどさりげなく、もう本当に確実に。
むかし、子どもが3人いた時、私はテレビをブン投げて捨ててしまった。
子どもたちはどんなに私を恨んだことだろうか。
恨んでもダメだと私はゆずらなかった。
それは、「ことば」に対して私が純粋であり、信念をもっていたからだ。
うちは文章の家だと私は説明していた。
そこはゆずらないで不便をしのいだ。
こんどは、自分がメール通信というものを捨てるべきだと、思う。
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