2018年1月31日水曜日

否定的日暮れ


1月最後の日である。
どんなに頑張っても、年賀状が一枚も書けなかった。
ブログは休まない。と決心している。書きなれない状態をなんとかしたくて。
でもそれだとブログ、掃除、洗濯で、一日が終わってしまう。
もう老女なんだしいいよと思いながら、毎日がっかりしている。
亜鉛が足りないせいと聞くけど舌がおかしい、作るご飯が まずい。
分量だって作りすぎで不適当。

今日は意地になって、女子会のチラシをとにかく完成させる。
泊り客があると健がいうから、ゴミ部屋を泊まれるように整理して・・・。
水道やさんが夕方来る。
気合いで晩御飯の用意にとりかかる。もう日が暮れたのだ。
しじみの味噌汁。シャケの塩焼き。レタスとモヤシとニラ。砂肝。
塩分過多である。

よかったことはないのかしら。
チラシができたことかな。
コピー作業も失敗しなかった。
これはホントにめずらしい。



2018年1月30日火曜日

朗読サークルの集まり


さながら対話のパーティ、談論風発、
大橋さんのお宅がとても素敵なので、目は楽しいし。
長いことやってきたけど、
ああ、やっぱりこういう心やすらかな日もあるわけか。
今年11月の朗読発表会 も、
こんな感じで来場のみなさんに楽しんでいただければいいなあと思う。

閉ざされた空間ならば日本人は対話上手かしら。
そんなことはない。ただの話は観客の批評眼に負けてしまう。
今日のように、意見の内側に社会的立場の違いというか反映が必要で。
そういう技術は、真剣な修練ぬきには実現しないものである。

いつも無理やり構成を考えるけれど、
焦燥感なしに、すらすらとやれちゃったら、どんなに良いでしょうね。
今日みたいな自然さで。


2018年1月28日日曜日

小人がいると


どうしてこうも、探しているものが見つからないのか。
名優北林谷栄さんは、八十才を超えたころ、しょっちゅう、
「家の中にいじわるな小人がいて」と、
チェーン・スモーキングの合い間にカンシャク玉を破裂させていた。
そいつがなんでもかんでも隠してしまうと言うのである。
女優さんらしいし、いささか西洋の童話みたい、
アンデルセンかグリムか、グリムっぽいなあ、などと思ったものだった。

それが今となると冗談じゃなくて、他人事じゃなくて。
北林さんの小人が毎日・・・。
最近の私は、探している物が絶対に見つからない。
階段を上がったり下がったりしながら、焦ってイライラし、
北林さんの家にいた小人の気配をなぜか感じて、
女優さんとはちがうから、声にだしたりはしないけれど、
「隠すの、やめなさいよっ」
隠し稼業に専念しているらしい小人を探して天井などをにらむ。
いらいら、はらはら、がっかり、もう煙草でも吸いたいなと沈思黙考。

煙草もねえ、買ってはあるけど ・・・そんなもの。
あんな北林さんのようなドスのきいた洒落た声はでないのですし。



2018年1月27日土曜日

水道管の凍結事故


 ピンポーンとベルが鳴る。

顔見知りの方が二人。水道管が大変なことになっていますよ、と教えられた。
外に出ると大量の水が水道管から噴出、雪の上にすごい勢いで落ちている。
早く水道局に電話した方がと言われたが、なんど電話してもダメ。
窓口の録音が、水道管凍結事故が続出しているので、という説明を繰り返すのみ。
時間はどんどん経つ、水は噴出するばかり、進退極まってがまんができず、
またしても細田さんに電話してしまった。
こんなに寒い日に。細田さんは八十才を越えているのに。
「うわあ、ありゃ、ありゃ、ありゃ!」
これは俺じゃだめだ、水道屋でないと直せないよ、と言いながら、
「家に行って、道具を取ってくるから」
水道の元栓をまず閉めて下さって、細田さんはお宅にもどる。
・・・もう水をかぶってずぶ濡なのである。

私は水道屋さんを電話帳でさがしたが、思いついて管理事務所に電話で相談。
「ええと」と彼女が考えてみてくれる。「JSに問い合わせてみてください」
去年理事をやった時、私はこの人にもう散々お世話になったのである。
水はジャブジャブあふれ続けている。玄関に駆けて行くけど、細田さんはまだ。
思いがけず公団に電話が繋がり、JS所属の水道屋さんを手配してもらう。
有り難くてビックリした。
応対が的確、わかりやすい上に、思いやりの深い声音の男の人なのである。
「公団の人は親切ですよ、いつも、あの人達はね」
乾いた作業着に着替えた細田さんが、道具を手に、にこりとしてそう言った。
管の入り口を閉めるフタだったり、ビニールテープだったりの、
細田さんの七つ道具の私物でもって、着々と応急手当が行われていく。
水は一応止まった。地面から滲み出るだけになった。

寒い日なのにとお詫び申し上げると、
「おれなんかもう、八十四だからいつ死んでもいいと思ってね、
できるだけお役にたてればいいと思ってるの、ホントだよ」
笑顔のなかの本気の顔に、ここに引っ越してきてからの長い時間が
思い出された。お願いだから死なないでね、細田さん会うといつも私は頼む。
細田さんがいなくなったら、この団地の人はみんな本当に困っちゃうから。
百まで生きていてね、と私はお願いし、そんなにはちょっと無理だなあと
いつも言われてしまうのだ。

 五時になると、世にも親切そうな年配の水道屋さんが来てくれた。
雪と氷の間で作業して、いろいろいろいろ地面を掘ったり金物を切ったり、
夕暮れのなかで、青いような紫いろのような顔になっているのに、
寒いから家の中にいて下さい、と私にはそう言ってくれる。
「帰ってから計算しますけれど、そんなに工事費も掛からないと思いますよ」

おかげさまで水が止まりました、と報告すると、
細田さんは電話の向こうで「心配していました」と笑ってそうおっしゃる。 
あーあ、不思議なくらい親切な人にばかり会った日・・・。
・・・もう本当に、どうなることかと思って。


2018年1月26日金曜日

頸椎の痛みを直すには


沖縄に電話をする。
竹内さんは私の健康上の絶対的恩人で、必ず助けてくれる。

交流磁気器をふたつタテに並べて。
背中がゴツゴツ痛いから、そこはバスタオルなどで工夫して、
背骨と頸椎に当てる。
何日か教わったようにしていたら、スーッと痛みが退いてきた。。
すごくよかったと喜んだけれど、つい、また痛みがぶり返す。

よく判った。
首を無防備に冷やすとよくない。
重い物を運搬すると、痛みが再発する。
しつっこく治療に専念する方がいい。

ほかによかったことも。
いただいたマフラーがいつのまにか増えていたのに、
とても綺麗な布地の模様なのに、苦手で使わなかった。
なーんだマフラーって首を温めるものだったの、という新?発見。
お洒落ができて愉しい、スカーフはだから廃れないのねー。



2018年1月25日木曜日

重たい日


失礼のお詫びに行く。
プロデューサーは映画製作の立場から。
私は著作復刻版を別会社から出版すると決めたので。

こういうことがあると、過去を振り返る。
自分を人格的に優れた者だとはまるで思えないできたが、
それでも相手の方が怒ると、
ぐちゃぐちゃな人生にふわりと網がかかるというか。
74年の月日が幾何学模様になって整理がつくから不思議だ。
たぶん、怒る側に理があって、
私がその人に共感するからだろう。

資本主義に負けたのかと彼はいう。
何日も前、自分でも悩んだことだ。
小さい出版社から大会社に鞍替えして。
人の一生は簡単で、決断の数も私などはふつうよりか少ない。
けっこう単純ビンボーに生きてきた。
裏切ることも裏切られることも少なくてすんだわけかと、
出版社の長椅子に腰かけていて急に考える。

私の人生は有り難い人生だったのだ。

帰りぎわにやっと、虎屋の羊羹。
いかにも私という個人の「卑怯」のお詫びという感じ。
重たくて。ずっしり。その存在感に頼る皮肉。
私は滑稽な気がして自分でも少し笑っちゃって。
「すみません、虎屋の羊羹なんて。お詫びの場合ってこれかなあと。」




2018年1月24日水曜日

起床について


早朝4時ごろ目がさめる。まだ外は夜中のつづき・・・。
はんぱな時間なので、本を読んでみたりする。
眠れないのに、そのうちウトウト、
「これがいけない」となんとか今朝は考える。
 二度寝しないのが一番と長男が言ってたけ。
彼はパン屋で明けがたから仕事なのである。

今日は本郷三丁目でプロデューサーと10時15分に会う。
昨夜のメール。雪雪の盛岡から と。
彼がまにあわなかったらどうしよう?
今どき夜行列車なんてものはないのかしら。
新幹線、飛行機。
日本中飛び回る職業のひとがいるわけだ。

劇団民芸にいたころは、夜行列車だとか、青函連絡船だとか。
行ったり来たり、などということは想像もしなかった。
旅公演に出れば、一か月はもどってこない。
そういう鉄砲玉みたいな、でもゆっくりな生活。ちょっと宿命的な色合いで。
若い私は、苦しみながら、人知れずおもしろいと思っていたのだろうか。
薄幸の群像になって地方の舞台に乗って。