My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2012年10月29日月曜日
鶴三会の俳句
団地老人会の句会! 十二人参加。よい人数ではないか。
みんながそれぞれ三句つくって、俳句を長くやっていらっしゃる三國さんにまとめていただくので
ある。あとで気がついたことであるが、この方こそ私たちにぴったりのお人柄。
上品にして温かく穏やか。
「うーん…、…、いいですなあ」と、そんなふうにおっしゃって、私たち初心者に少しばかり俳句と
いうものを教えることをふくめ、作句者に報いて二時間がたつのである。
作句した十一人のほうは、苦しかったけどもう創っちゃったんだしと、いわれのない安心感のも
と、みんな講評を待って苦労を知らず。それは楽しい。
感性の並ならず豊かな方も、その道の素養がおありの方もいらっしゃるけれど、圧倒的多数を
占めるのがド素人。とても居心地のいい俳句の会だと思う。
それで今回であるが、私の一番のお気に入りは、欠席した方が夫人に託された一句。
花見ても 句が出ず心が 曼珠沙華
「あなた、こんなのお出しになるんですか? およしなさいよ!」
奥様がこう言って極力とめられたそうだけれど、「欠席が申し訳ないし出したい」とおっしゃったとか。なんて善い方なのでしょう。
……俳句を作ろうなんて思うと、曼珠沙華を見ようが秋風が吹こうが、グッとつまってしまってお
手上げだ、なにかに感ずる心がこの自分にだってあるはずなのに…。
私なんかが、そうですよねぇと深くうなづく一句である。だけど、心が曼珠沙華って。いくらなんで
もそんなのだめでしょ?! と思うけどしかし、まんじゅしゃげ…という音には、心がという主語が
つくと、進退窮まって丸まってしまうと連想しちゃう…魔法…があるんだわよねー。
足音に 消える虫の音 月明かり
この句も好き。八十才になりそうな細田さんの句である。
…無数の虫の鳴く声が聞こえる。なかでもひときわ響く鈴のような鳴き声に惹かれて、そっと近
寄ると、鳴き声は不意にやんでしまう。そういう時は月の明るさがひときわ感じられる…、
そういう句ですよね、と三國さんが。
細田さんは、私たちの団地の管理組合で植栽を引き受けてくださって長い。いつも地下足袋、作
業着という印象。月の夜にそーっと生垣にしのびよる姿が見えるようである。
三國さんの講評で思い出すとおかしいのは、
枯尾花 熱燗想う 肌寒さ
「枯尾花」は冬の季語ですって。「熱燗」も冬の季語なんですって。それでもって「肌寒さ」は秋の
季語なんだそう。だとするとこの句で季語じゃないのは「想う」だけ!!
この句について三國さんがポツリと「…季語のデパート」とおっしゃると、平野さんは「鶴三会」を
作った人で今年は管理組合理事長さんなのだけれど、「そおかあ」と思いがけなくニコニコ顔だ。
「季語のデパート」ってケッサクだとおかしがっているみんなに、「オレは呑ん兵衛だからこういう
句になるんだよ、どうしても」と。
そうよねえ、本当に一杯飲みたくなる句よねえ。
そんなこんなで、句会は、よかったなあ、この団地に住むことができて、と思う日なのである。