My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2012年11月24日土曜日
朗読・「100万回生きたねこ」
家で朗読の会をする場合、ポストに何日かまえ文章が投げ込まれる。
公園の木がいっぱい見えるせいか、これが私には童話的できごとに思われて
いつも楽しい。枯葉の秋なら、なおさらである。
今回は「100万回生きたねこ」と「異人たちとの夏」「すてきな三にんぐみ」そして、
小6の教科書から西研(にし けん)の「ぼくの世界、きみの世界」が入っていた。
「100万回生きたねこ」については手紙もあって、
それがまた森の動物のだれかから届いたみたいなおもしろい手紙。
手紙
『 今回この本を選んだのは
「ブームになっている」「図書館に行くとどこでも必ず飾られている」 からです。
自分も昔購入して10年くらいになりますが、とってもわかりやすいので、
子どもも老人も みんな 好きになるような、それでいて
内容が他にない、深そうなひきつける魅力があり、
自分にはそこがよくわからないので、ぜひ久保さんの解釈を
お聞きしたいのが、やっぱり選んだ 大きな理由 です。』
よく書けた手紙だと思う。魅力的。
こんがらかり方がおもしろい。
朗読をするには、こういう疑問のもちかたがだいじである。
さて私の考え
この絵本はひとつの物語が半分にわかれている。
りっぱなとらねこが100万回死んだ話と、そのとらがもう一回だけ生きて死んだ話。
はじめの半分は「きらい」ということばと「死んだ」のくりかえし。
あと半分は一応ふつうの物語、100万回も死んだ主人公のりっぱなとらが、
ふつうに生きてふつうに死ぬのである。
まず絵本を開いて、私たちおとながひたすら、すらすら読むと、
つまり、どうなっているかとあらすじだけをたどったりすると、
絵本は、後半、急に頼んでもいない月並みな回答を与えはじめるのだ。
愛のホンシツはとか、愛されるだけでは人(ねこ)はホントウの満足はとか、
きいたふうな物語が展開するのである。
前半分のヒネクレ方からすると、後半分がみょうにスナオで落ち着けない。
正しすぎるし、哲学てき、みんなが気に入りそうすぎる。
そこが、どうもなんだかわかるようで、よくわからないところなんだろうと思う。
しかし、である。
作者佐野洋子の日本人ばなれしたものすごさは、そこなのだ。
「100万回生きた猫」は、独立、ということをわかりやすく話した絵本なのだ。
個性とか独立とか自立とか、とにかく個体ということについて。
個であることは、極限まで圧しまくると、
「気にいらん」
つまり「きらい」ということなのかもしれない、のではないか。
めったなことで私たちは「きらい」じゃない人間にめぐりあわないのかもしれない。
100万回死んで、だれかにあいたくて100万回生きなおしたとしても。
・・・生きとし生けるものが、そういう存在だと、絵本にまぎれこませて語る絵本・・・。
孤独であること、独特であること、個性的であること、自分らしくあることを、
感じがわるいとか、ヒネクレてるとか、反体制的だとか、えらぶっているとか、
そう考えずに朗読しないと、そこをよく考えないと、工夫しないと
子どもたちは、
このとらねこさんをちょっとキライになっちゃうかもしれませんよね。
「異人たちとの夏」(山田太一・新潮社)ですが、
なにはともあれ以前この映画を観た人がいて、朗読をききながらもうずーっと、
きいてるあいだじゅう、思い出しては泣くのですね、ははは。
そんないい映画なら観ればよかったなー。
ビデオを借りに行こうと決心しました。
2012年11月23日金曜日
光りほのか
光りほのか、とはアンネ・フランクの日記につけられたタイトルだった。
菅谷 昭先生の「チェルノブイリ診療記」をもう一度読んでみたら、
・・・・まさに、自国の政府を信用できないくらい惨めなことはない・・・・とあった。
菅谷さんは甲状腺専門の医学博士だ。
1996年から5年半、ベラルーシに単身滞在。
首都ミンスクの国立甲状腺ガンセンターと、ゴメリ市の州立ガンセンターで、
甲状腺ガンにかかった子どもたちの治療にあたっていた。
大学病院をやめた退職金をロシアでボランティアしてつかってしまい、
帰国後胃がんを手術、手術直後の2004年、わが国の松本市長になった人である。
惨め、と読んで惨めかと思い、私たちはどのくらい惨めなんだろうかなあ、と思う。
昨日、鳩山由紀夫氏が政界引退を表明した。
こういう人はもう外国に逃げて行くのかしら。
失礼ながらそう思う。
世界には、大きなことと小さなことがある。
こういう時、ほのかな光って、けっこう温かいものだ。
このあいだ、私はビデオ屋さんの駐車場で接触事故をおこした。
ゴンッと鈍い音がして、じぶんがよそのクルマにぶつけたとわかった。
私たちはそれぞれクルマから降り、おたがいに謝罪しあい、
車を調べ、住所を交換。警察をよび、保険会社に連絡してわかれた。
私がぶつけてしまった車は大きく、乗っていた人はわかくて優しい人だった。
ほんとうにあたたかい人で、あやまる私の心配をしてくれたのだ。
事故は申し訳ないことだったけれど、こんなときにはめずらしく、
私の心にはキズができず、うれしい気持ちだけがのこった。
きのうは、私のわかい従妹が、自由律の短歌を送ってきてくれた。
若い従妹で、私は彼女に手紙を書くとき、美しい菜っぱちゃんへと書く。
美菜子という名まえなのである。
美しい菜っぱちゃんは昔から身体が弱かったし、年齢は私の子どもとおなじぐらい。
小さい時から、この菜っ葉の感受性には端倪すべからざるものがあって、
それがこんどの短歌になったのかと、知ってはいたつもりでも、とてもおどろいた。
緑がうねる黒 南風のなか意識する秘密 薄日が射した
この寂しさを一生抱えていくのだろうか 緑は雨にしっとりけむる
身近な人の笑顔のために頑張ろうと思った体調不良の朝
公園の珊瑚樹が色づき始めている 秋によろこべるだろうか
幸せすぎて気づかなかったこと 例えば母が疲れ易くなった
たいへんな表現方法だと思わずにはいられない。
自然とそして心の秘密にそっと踏み込むような。
私たちの惨めな世界、惨めな心には、
静謐な領域がゆたかに残されていると思えて、私は得がたい体験をしたのである。
ほのかな光を喜ぼう。そう生きたいと思う。
2012年11月17日土曜日
松元ヒロ ソロライブ立川・11/16
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・。
「私、コロッケと松元ヒロと比べると、松本ヒロがすきなの」
会場で私がそう言ったら若いお母さんが心底びっくりした。
「えーっ、ホントですかあ!!」
彼女はヒロさん初めて。
もちろんコロッケは誰もが知っているビッグな有名人だ。
いま流行の言い方をすれば国民的芸人、とそう言える。
いま流行の言い方をすれば国民的芸人、とそう言える。
私だってコロッケは好き。公演に出かけて、天才だこれはと思ったぐらい。
でも、比べるわけじゃないけど、ムリに比べると、
私は松元ヒロのファンなんである。
なんでこんなことから「ソロライブ」の感想文をはじめたか。
じつのところ、なにかが気になっちゃって、
なにを言いたいのか三日もわからなくって。
冒頭の ・・・・・・ ・・・・・ は私の悩みなんである。
ところが今日になってなんとかそれがわかった。
どうやったら短く言えるものだか、見当がつきませんが。
NHKのアナウンサーが逮捕された。11/15 だったかしら。
私はテレビを見ないから知らないが、だれでも知っているような人だという。
容疑は電車の中での痴漢行為である。
本人は泥酔していて、記憶がない、と言っているんだとか。
「こういう人が痴漢だといって逮捕されると、ホントかなーと反射的に思っちゃう」
友人にそう言われて私はすごくびっくりした。
彼はNHKではわりと自由に話すタイプのアナウンサーで、
権力の側から見ればこまったヒトかも、というのである。
「あなたは、これがデッチ上げだと言うの!?」
もちろん今の段階ではまだなにもわからない。
でも、そういう時代かも。
そういえば「ニッポンの嘘」という映画だ。
90才のカメラマン福島菊次郎さんのドキュメンタリーを観ると、
福島さんが自衛隊基地の撮影禁止区域を写し、それを公表するや、
ヤクザに襲撃され、家は放火で全焼。
娘さんがお父さんのフィルムをとっさに持ち出さなかったら、
福島さんの撮りだめしたすべての記録は消失したはずだった。
今日、松元ヒロはマルセ太郎の面影とともに、「ニッポンの嘘」を
コント仕立ての大笑いにして再現、まことごもっともの批判や諷刺をして見せた。
批判だけするのではない、いつだったか、
パントマイムとともに中原中也の「幻 影」を朗読したあのおもしろさ、
廃校になりそうな小学校の校舎の建築美を、校舎になって!やって見せたこと、
山口の画家香月泰男の美術をまるごとコントに仕立てたこと・・・。
松元ヒロってスゴイ。
ヒロさんのライブに行くたび「松元ヒロに代わりに言ってもらってる」と私は思う。
なんかこう、無意識のシバリが溶けるんだけど、
この無意識のシバリとは、言論の不自由だろう。
気がつけば、言論の自由からひどく遠いところに自分はいるとわかって、
まー笑いこけちゃうんだけど、
いつもはずかしいような気に私はなる。
大笑いしながら辛らつな諷刺や批判とむきあうことって、
ものすごくだいじな私たちの娯楽でしょ。
基本的人権の砦(とりで)のひとつだし。
ソ連邦がガタガタして、ペレストロイカということばが日本に入ってきたころ、
ロシア製のオペラを見た。オペラだから高額チケット。
ソ連は極貧状態だとかで、『装置はぜんぶゴミ集積場・夢の島でひろった本物のゴミだ』と、
ものすごく立派なプログラムに書いてあった。
演出家も歌手もプロデューサーもみんな亡命先からソ連に復帰した超一流のロシア人。
技術は世界最高、たしかにすばらしい水準の作品だった。
私が見た日は「ウラジミル・イリイチ・レーニン」がオペラに登場。
もう本物みたいにソックリな歌手が主役で。
忘れられない。
オペラのレーニンは縞のパンツだけ、ネクタイを裸体の首にまき、ホモということだった。
私は、ふかふかの国立劇場の座席に凍り付いて腰かけていた・・・・。
休憩時間がきて、化粧室に行き、鏡にうつった自分の顔をながめた。
ショックで本気にこわばっちゃっている私。
「スターリンならともかくレーニンまでこんなふうに言っちゃうの!?」
私はマキシム・ゴーリキーの書いたレーニンを思い、
エー・ヤー・ドラプキナの名作「冬の峠」に描かれたレーニンを思った。
若きコムソモールたちと話す人類の理想のようなレーニン。
私はそういう、権力から自由なレーニンが少女のころから好きだった。
それはずーっと、ながい時間をかけて、考えずにはいられないことだった。
けっきょく私はこう思った。
どんな指導者も、左翼だろうと右翼だろうと、
権力をもてば、告発や諷刺の洗礼を避けては通れない。
諷刺や批判を権力や暴力でつぶさないこと、それが民主主義なんだ。
それがいい政治なんだ、理想の社会はそうなんだ。
今、生きる毎日のくらしがつらくて、潰れる寸前みたいな自分の代わりに、
「お笑い」を磨きにみがいて、人間の自由を描く人。
松元ヒロはめずらしくも稀有なる芸人である。
立川市民会館でのソロライブからの帰宅途中、ヒロさんってたぶん、
脅迫されたり、それはイロイロあるにちがいない、とみんなが言った。
そう考えてみると、自民党の国会議員だった立川談志が、
最後までヒロさんをヒイキして後ろ盾になっていたということは、
実際問題としても、たいしたことだったのかもしれない。
ヒロさんが放火されたり、冤罪の被害者になったり、狙われて殴られたり、
そういうことがどうかどうか始まりませんように。
もうホントウにそれが心配だ。
「新宿公演のときとネタが重なってと、ヒロさんが心配してました」
立川市民会館の出口のところで、子ども劇場の若い人が言ってた。
「だいじょうぶですよねえ?」
もちろん大丈夫である。二回の公演がまったく同じだってとても楽しいと思う。
まー、私なんか、新宿であんまり笑ったから、こんどは十人で立川に来たのだ。
大丈夫じゃないのは、今やもっと別のことだと思うのである。
じつのところ、なにかが気になっちゃって、
なにを言いたいのか三日もわからなくって。
冒頭の ・・・・・・ ・・・・・ は私の悩みなんである。
ところが今日になってなんとかそれがわかった。
どうやったら短く言えるものだか、見当がつきませんが。
NHKのアナウンサーが逮捕された。11/15 だったかしら。
私はテレビを見ないから知らないが、だれでも知っているような人だという。
容疑は電車の中での痴漢行為である。
本人は泥酔していて、記憶がない、と言っているんだとか。
「こういう人が痴漢だといって逮捕されると、ホントかなーと反射的に思っちゃう」
友人にそう言われて私はすごくびっくりした。
彼はNHKではわりと自由に話すタイプのアナウンサーで、
権力の側から見ればこまったヒトかも、というのである。
「あなたは、これがデッチ上げだと言うの!?」
もちろん今の段階ではまだなにもわからない。
でも、そういう時代かも。
そういえば「ニッポンの嘘」という映画だ。
90才のカメラマン福島菊次郎さんのドキュメンタリーを観ると、
福島さんが自衛隊基地の撮影禁止区域を写し、それを公表するや、
ヤクザに襲撃され、家は放火で全焼。
娘さんがお父さんのフィルムをとっさに持ち出さなかったら、
福島さんの撮りだめしたすべての記録は消失したはずだった。
今日、松元ヒロはマルセ太郎の面影とともに、「ニッポンの嘘」を
コント仕立ての大笑いにして再現、まことごもっともの批判や諷刺をして見せた。
批判だけするのではない、いつだったか、
パントマイムとともに中原中也の「幻 影」を朗読したあのおもしろさ、
廃校になりそうな小学校の校舎の建築美を、校舎になって!やって見せたこと、
山口の画家香月泰男の美術をまるごとコントに仕立てたこと・・・。
松元ヒロってスゴイ。
ヒロさんのライブに行くたび「松元ヒロに代わりに言ってもらってる」と私は思う。
なんかこう、無意識のシバリが溶けるんだけど、
この無意識のシバリとは、言論の不自由だろう。
気がつけば、言論の自由からひどく遠いところに自分はいるとわかって、
まー笑いこけちゃうんだけど、
いつもはずかしいような気に私はなる。
大笑いしながら辛らつな諷刺や批判とむきあうことって、
ものすごくだいじな私たちの娯楽でしょ。
基本的人権の砦(とりで)のひとつだし。
ソ連邦がガタガタして、ペレストロイカということばが日本に入ってきたころ、
ロシア製のオペラを見た。オペラだから高額チケット。
ソ連は極貧状態だとかで、『装置はぜんぶゴミ集積場・夢の島でひろった本物のゴミだ』と、
ものすごく立派なプログラムに書いてあった。
演出家も歌手もプロデューサーもみんな亡命先からソ連に復帰した超一流のロシア人。
技術は世界最高、たしかにすばらしい水準の作品だった。
私が見た日は「ウラジミル・イリイチ・レーニン」がオペラに登場。
もう本物みたいにソックリな歌手が主役で。
忘れられない。
オペラのレーニンは縞のパンツだけ、ネクタイを裸体の首にまき、ホモということだった。
私は、ふかふかの国立劇場の座席に凍り付いて腰かけていた・・・・。
休憩時間がきて、化粧室に行き、鏡にうつった自分の顔をながめた。
ショックで本気にこわばっちゃっている私。
「スターリンならともかくレーニンまでこんなふうに言っちゃうの!?」
私はマキシム・ゴーリキーの書いたレーニンを思い、
エー・ヤー・ドラプキナの名作「冬の峠」に描かれたレーニンを思った。
若きコムソモールたちと話す人類の理想のようなレーニン。
私はそういう、権力から自由なレーニンが少女のころから好きだった。
それはずーっと、ながい時間をかけて、考えずにはいられないことだった。
けっきょく私はこう思った。
どんな指導者も、左翼だろうと右翼だろうと、
権力をもてば、告発や諷刺の洗礼を避けては通れない。
諷刺や批判を権力や暴力でつぶさないこと、それが民主主義なんだ。
それがいい政治なんだ、理想の社会はそうなんだ。
今、生きる毎日のくらしがつらくて、潰れる寸前みたいな自分の代わりに、
「お笑い」を磨きにみがいて、人間の自由を描く人。
松元ヒロはめずらしくも稀有なる芸人である。
立川市民会館でのソロライブからの帰宅途中、ヒロさんってたぶん、
脅迫されたり、それはイロイロあるにちがいない、とみんなが言った。
そう考えてみると、自民党の国会議員だった立川談志が、
最後までヒロさんをヒイキして後ろ盾になっていたということは、
実際問題としても、たいしたことだったのかもしれない。
ヒロさんが放火されたり、冤罪の被害者になったり、狙われて殴られたり、
そういうことがどうかどうか始まりませんように。
もうホントウにそれが心配だ。
「新宿公演のときとネタが重なってと、ヒロさんが心配してました」
立川市民会館の出口のところで、子ども劇場の若い人が言ってた。
「だいじょうぶですよねえ?」
もちろん大丈夫である。二回の公演がまったく同じだってとても楽しいと思う。
まー、私なんか、新宿であんまり笑ったから、こんどは十人で立川に来たのだ。
大丈夫じゃないのは、今やもっと別のことだと思うのである。
2012年11月14日水曜日
メタセコイヤ通りの秋
メタセコイヤ通りに面した土手のうえに
私の家がある
赤いポストがあるメタセコイヤ通り
手紙をだそうと歩くと
今日の昼間
空はすっきりと群青色だ
風がふけばザザーッと
公園で大木の葉がざわめき
たくさんたくさんの木の葉が
枝を離れ
ワーッと渦巻き
ああ、いともかるがる空へと飛んでいく
遊んでいるみたいに
あんなふうに幸福そうに
命が
わたしから離れていくのだったら、
どんなにいいだろう
どんなに楽しいだろう
そんな風の秋の日
あとすこし
あともうすこし時間がたつと
メタセコイヤの樹は
ゆかいな黄色からあたたかい煉瓦色になる
この通り全体が燃えるような色になる
そうなったら私の毎日は
「幸福のお隣さん」ということね
それだけだってとってもいいことね
2012年11月12日月曜日
11月11日のデモ
百万人規模のデモになるべきだと思っていた。
警視庁の発表では八千人だった。
警視庁は六十年安保の昔からウソをつく、だから八千人ということはないだろうけど、
三倍としても二万人。五倍としても四万人。
私の感じでは国会周辺に、五時前後だと流動的ではあるが五万人はいた、
というより参加したろうと思う。
なにしろ雨が降り出して、それがだんだんびしゃびしゃになり、
傘をさしてもレインコートを着ても濡れてしまう。
濡れてもいいと思ってる人も大勢いる、見れば警察官だってみんな濡れて、みんなが
やっぱり放射能をあびているのである。このすごい人ごみと混雑のなかで。
デモは制限された歩道をズルズルと前方へ進む。
国会を取りまいて。権力者の横暴と原発再稼動に反対して。
なんという悲劇だろう。
二日前、主催団体の都合だとかで恒例の金曜デモはお休みだった。
それを知らなくて、ふらっと一人で国会議事堂前駅で降りたら、
黄色い袈裟がけのお坊さんたちが太鼓をたたいて、
見たら反原発の垂れ幕をよこに拡げている。
時間がはやすぎるのかなとこまっちゃって、石垣に腰掛けていたら、
だんだんに人がふえてきた。
それでも、その日集まった人数は少なかった。
ある金曜日には二〇万人をこえる人たちが国会を囲んでいたのに、
おとといは警官と装甲車ばかりが目についた。
一度でもがんばって金曜日のデモに参加した人たちが、
今日デモに参加しないからといって、考えを変えたはずもない。
今日ここにいなくたって、彼らはデモの仲間である。
どうしてかって、行けばわかることだけど、
金曜日のデモはいろいろなことを私たちに教えるのだ。
そこには自分にけっこうよく似た、ひとり参加の人がいる。
そういう人が大勢いる。連帯ってこれだと感じる。
勇気のある人があっちこっちからきてマイクの前で話すけれど、
考えていることはあんがい自分とおなじで、
原発の事故というものがいかに恐ろしいか、事故の収束についての悩みが、
疑う余地のないギリギリの恐怖と悩みなんだと、みんなの悩みなんだと、
そのことが具体的にわかる。
さまざまな地方からやって来た人の口から、直接きく、驚くようなニュース。
反原発意識は、自分の家にもどって一人になったからといって、変るもんじゃないのだ。
それでも、
百万人のデモが実現しなかったことがすごく残念だ。
権力のやりたい放題は、百万人があつまらなければストップしないだろうと思うから。
なんで東京都庁は
11/11日比谷公会堂を貸さず、反原発集会を妨害したのだろう?!
追記
12日東京新聞夕刊によれば、デモの参加人数
主催者側発表だと100、000人。
3時からと5時からと。だいたいこんな数字になるかと思う。
2012年11月11日日曜日
『菜摘子』展・第4回
小田急線狛江駅の泉の森会館(駅から2分)で、11月13日まで、
『菜摘子』展があるとご案内をいただいて、出かけた。
お茶を飲むまんなかのテーブル。こしかけて、ぼーっと全作品を見ていると、
なっちゃんの心の幸せが見える。
万葉集からとって、菜を摘む子と名づけた母親の暁子さんが護った心の幸せだ。
やわらかく無心な、純粋な幸せを、絵というものにできるなんて。
そこがすごく不思議。
その不思議はヒトというものの不思議さだなあと思う。
まっすぐなまま。それがかたちをつくる、なんの技巧にもじゃまされない絵。
私たちはふつうならば紆余曲折の果て表現に達するのだが、
岩崎菜摘子はまっすぐにそこへ行く。
そしてあるがままかどうかはわからないことだけれど、
温かい、きれいな、やわらかい心が、私たちに届けられるのだ。
人間というものの元素に、こういう美しい感覚が備わっているということは、
なんて安心で、なんて嬉しいことだろう。
はじめて会うのに懐かしいような人たちと、
ゆっくり、ゆっくり、『菜摘子』展の、時間が流れる。
盛会だった。
2012年10月29日月曜日
鶴三会の俳句
団地老人会の句会! 十二人参加。よい人数ではないか。
みんながそれぞれ三句つくって、俳句を長くやっていらっしゃる三國さんにまとめていただくので
ある。あとで気がついたことであるが、この方こそ私たちにぴったりのお人柄。
上品にして温かく穏やか。
「うーん…、…、いいですなあ」と、そんなふうにおっしゃって、私たち初心者に少しばかり俳句と
いうものを教えることをふくめ、作句者に報いて二時間がたつのである。
作句した十一人のほうは、苦しかったけどもう創っちゃったんだしと、いわれのない安心感のも
と、みんな講評を待って苦労を知らず。それは楽しい。
感性の並ならず豊かな方も、その道の素養がおありの方もいらっしゃるけれど、圧倒的多数を
占めるのがド素人。とても居心地のいい俳句の会だと思う。
それで今回であるが、私の一番のお気に入りは、欠席した方が夫人に託された一句。
花見ても 句が出ず心が 曼珠沙華
「あなた、こんなのお出しになるんですか? およしなさいよ!」
奥様がこう言って極力とめられたそうだけれど、「欠席が申し訳ないし出したい」とおっしゃったとか。なんて善い方なのでしょう。
……俳句を作ろうなんて思うと、曼珠沙華を見ようが秋風が吹こうが、グッとつまってしまってお
手上げだ、なにかに感ずる心がこの自分にだってあるはずなのに…。
私なんかが、そうですよねぇと深くうなづく一句である。だけど、心が曼珠沙華って。いくらなんで
もそんなのだめでしょ?! と思うけどしかし、まんじゅしゃげ…という音には、心がという主語が
つくと、進退窮まって丸まってしまうと連想しちゃう…魔法…があるんだわよねー。
足音に 消える虫の音 月明かり
この句も好き。八十才になりそうな細田さんの句である。
…無数の虫の鳴く声が聞こえる。なかでもひときわ響く鈴のような鳴き声に惹かれて、そっと近
寄ると、鳴き声は不意にやんでしまう。そういう時は月の明るさがひときわ感じられる…、
そういう句ですよね、と三國さんが。
細田さんは、私たちの団地の管理組合で植栽を引き受けてくださって長い。いつも地下足袋、作
業着という印象。月の夜にそーっと生垣にしのびよる姿が見えるようである。
三國さんの講評で思い出すとおかしいのは、
枯尾花 熱燗想う 肌寒さ
「枯尾花」は冬の季語ですって。「熱燗」も冬の季語なんですって。それでもって「肌寒さ」は秋の
季語なんだそう。だとするとこの句で季語じゃないのは「想う」だけ!!
この句について三國さんがポツリと「…季語のデパート」とおっしゃると、平野さんは「鶴三会」を
作った人で今年は管理組合理事長さんなのだけれど、「そおかあ」と思いがけなくニコニコ顔だ。
「季語のデパート」ってケッサクだとおかしがっているみんなに、「オレは呑ん兵衛だからこういう
句になるんだよ、どうしても」と。
そうよねえ、本当に一杯飲みたくなる句よねえ。
そんなこんなで、句会は、よかったなあ、この団地に住むことができて、と思う日なのである。
登録:
投稿 (Atom)