2014年1月24日金曜日

スカイプで娘と


パソコンの右上でどうやら電話?みたいな感じの音がする。
運よくクリックできたら、それでスカイプの画面になった。
あーよかった、オランダの遥から電話がかかった。
ところが私の画像と音声はむこうでキャッチできるのに、遥の声がとどかない。
このあいだからのことで、またかこのパソコン、とうんざり。
遥が私に、手真似で、ヘッドホンをつけろと言っている。
そんなものきらいだからもってないのよ、と私はおぼつかなくもしゃべる。
そこで、あっちは文字、私はしゃべると。

時々遥が私に文字で書けと書いてくる。だから字も書きながらしゃべるんだけど、
ばかばかしい、だって私の声なら聞こえてるのに、オランダに。
そう書くと、そうねと書きかえしてきた。

なにか忙しくパソコンを操作しているのだろう。
無音だけど画面の遥がばたばたなにかやってる。

その甲斐あって急に娘の声がきこえ出した。
声がきこえず、表情だけながめていると、なにか不幸なことがある顔だと
心配でたまらなくなる。声がきこえはじめると、
そういう心配を聞こえたり聞こえなかったりする音声が吹き飛ばしてしまうのだけれど・・・。
ふだん外国ぐらしの娘のことはなるべく考えないようにしている。
考えても、してやれることがほんとうに無くて。

でもよかった、会えたらいいのにと、あっちとこっちで言うことができて。
時差約8時間。そろそろリックが帰ってくると遥が言ったとき、
わたしのほうは午前2時だった。


2014年1月23日木曜日

本格手打ち蕎麦


蕎麦打ちを習っている中西さんが、お蕎麦を送ってくださった。
朗読の時とおなじく、ちょっと失敗して自信がありませんと、内気な弁解つき。
蕎麦打ちということにも、もう三束に分けてある立派なお蕎麦だというのに、
まだ失敗があるのかとびっくりした。でも考えてみればそれはそういうものかもしれない。

同封されていた説明書を読みながら、急いでゆでて冷水でカラカラ冷やし昼食としたが、
素朴自然な甘みがとおって、すばらしいお蕎麦だった。
おかしなことにお相伴にあずかった息子が、至福だね、なんて言う。
おいしさがそこでまたその二倍になった。

ありがとうございました、中西さん。   


2014年1月22日水曜日

鶴三会句会 1・16


第六回目、努力型とやっつけ仕事型の差が明らかに。
句会におのずと品位のようなものが現れ出でて、いま会場はうららかである。
現在ふたつの型の真ん中へんにいる人は宇田さんだろうか。
イライラが哀愁をおびている。やっつけタイプの私など相応の敬意をおぼえてしまう。
悲痛は尊敬を呼ぶのである。

落葉散り 既に 己も下り坂

本人の言によれば、「既に」はすでにと読む。でも私は勝手ながら、ついにと詠みたい。
宇田さんの口調は、吐き捨て悲憤調、それがまた怖くて愉しいというものである。
「いやいや僕は何年も前から下り坂だと思ってましたよ」
ははは、そうかもしれないけれど、今を生きるこのタマシイにふさわしいのは
遂に、という決定的切迫感だと思うのですが、いかがでしょう。
三國さんによれば、川柳のよう、と。
川柳と俳句のちがいはなかなか難しいらしく、まあ、川柳だと季語なしでよろしいと。
もちろんこの場合は、落ち葉散り、が季語である。

思うに、今回の句会の出色は川上さんだったのでは。

胸さわぐ メタセコイヤが 燃える日々
白珠を 抱く月あり 朝まだき
荒れ庭に 光り集める 石蕗の花

川上さんは従来文学的な人で、胸の想いが句に反映する。
じっくり取りかかって、本気で作句する気持ちも好ましい。
三國さんの柔軟的確な御人柄のもとで開いた才なのかもしれない。
光り集めるとうたってもらった、石蕗の花の幸せを思う。
はじめの句にはどうやら季語がないらしい。メタセコイヤが黄葉すると、
川上さんは高村光太郎の詩の赤毛の女を想起するという。
そんな読書歴の厚みが、いまはまだ俳句の形式になじまないということかもしれない。

無花果や 鳥追う父の 声なつかし

この懐かしい句は木下さん。声なつかしが一字あまってしまうけれど、
「鶴三俳句ということでいいでしょう」と先生が。微笑ましい想いのこもった俳句ですよねえ。
病床にある木下さんの一日二十四時間はどんなに長いのかしら。
思い出が訪問して、それから、・・・と木下さんのお部屋と車椅子を思う。

銀杏を 拾う人あり 風去りて

これは村井さんの句だけれど、三國さんがこうなおされた。
風去りて 銀杏拾う 人のあり
なーるほど、名句だなあ、新聞に投稿したらどうかなあ、とだれかが言う。
新聞に投稿といえば、
「これはすぐ採用されるでしょうなあ」と三國さんがおっしゃった句がある。

秘密法 背すじ強張る 師走かな

おなじ考えの人は俳壇にも存在するからと。
私は斎藤さんがよくまあ、背すじ強張るという表現を考えたものだと思う。
ナイーブな方法で国家機密保護法にむきあう表現って、あるようでいてない。
俳句というのは心映えがほんとうに伝わる文学でしょう?
賛成句だって反対句だっていっぱい集める、
そうすると日本人の今がよくわかるのかもしれません。

時雨去り 色とりどりに 石畳

小林さんの写真つき俳句で、京都のお寺の光景なのだとか。
それがわかってガッカリしてしまった。
聞くなりうちの団地のアキニレのことだとカン違い、内心快哉を叫んだのに、
嗚呼それなのになーんだ京都のことだったのかあ。
初冬。ところは鶴牧三丁目。
玄関をでるとアキニレの鮮やかな紅葉に胸躍り、
石畳がまさに色とりどりの絨毯のように見えて大感動。
でもどう考えても自分は俳句にできない、けっきょくあきらめてしまった、
そこにこの小林句である!
うーん、斎藤さんといい小林さんといい、よくまあ上手に詠むものですよねー。

吹かれては なお挫けずに 枯れ芒

中村さんの句。尾根幹道をクルマで行くとき、人は芒のことを思わずにいられない。
とりわけ冬が銀色野原でうつくしい。
ところが俳句俳句とあせってもダメだ、私などぽかーんと眺めるばかりである。
・・・なお挫けずにかあ。
中村さんの言語の森には、おそらくミャンマーとの関わりによって定着した感興があるのだ。
欠席されたが、こういう句も届いていた。

地の果てに 学ぶ子等や 冬の空
(なおこの句は、三國さんによって、学ぶ子どもら、となおされた)
地の果てに 学ぶ子どもら 冬の空

今日の句会で学んだことに、俳句の場合、美しい、きれいだを隠して
どうしてもつかうなら下の句にもってくる、特別な時以外は使わないほうがよい、
というのがあった。
美くしや 音の競演 秋の虫
これは斎藤さんの秋の句であるが、三國さんがなおしてつぎのようになった。
こうすると高尚になりますねとつぶやいた人がいる・・・斎藤さんだったかしら。

おちこちの 音の競演 秋の虫


(よい集まりだったと楽しくなって帰宅しました。)

2014年1月21日火曜日

音楽前夜社のライブ ②


途中で帰るつもりが楽しくて最後までいてしまった。
つくづくそうしてよかった。
GoRoGoLoのマグマのような潜在力が開放され爆発して、レコハツを締めくくったからだ。
みんな楽しそう。祝日のおわりってこれだろう!!という感じ。

今日という日の全体を通して、ここにある熱気の存在を私は見たわけだろうか。
演奏するしないにかかわらず、若い人には燃える力があるのだということを。
しかし感情だけの無内容な爆発はおもしろくても印象に残らない。そうも思った。
派手でも上手でも、電気の力を借りても、不完全燃焼は不完全燃焼。
音楽前夜社の腕力で18のバンドが登場したとなればなおさらである。

なんでそう考えることになったかというと、
一番手にシイネハルカをもってきたことが大きかったのではないか。
彼女のピアノ(即興)演奏は、聴く者を自然な精神の故郷に帰らせる。
おのおのを各自のスタートラインに立たせ、
「現在ここにいる自分よりずっといい自分」を思い出させるのだ。
とても静かなのに。

そうなると耳と目が影響をうけて、取捨選択をはじめる。
純粋と不純を見分けようとし、登場する各バンドの客観と主観の純度を、
なぜかは知らずみんなが判定しはじめる。
たいしたものとはこのことで、二番手はディエゴだったが、
ディエゴがこれほどすばらしかったのは初めてと私は思った。
ハルカさんが創った軌道がディエゴという二番手を自由にし、
会場の聴き手に影響を及ぼしたのである。

SuperDUMB、YkikiBeat、ayU-tokio、岡沢じゅん、脳性麻痺号・・・。(順不同・表記もヘン)
多彩なプログラムは以後一転、先へ先へと華々しく爆走を始める。
それはもう楽しい。みんな人気のある有名バンドだそう。
会場はわんわんの喧噪、タバコのせいで煙り箱みたいになってきた。
セキばっかりでるのだ。
なんともう4時間が過ぎて、外に出ると暗くなっている。

音楽のことだけ考えて過ぎる一日は、騒然として気を奪われたよき一日である。

「えー、もうかえるんですか」と夕闇の風のなかできかれる。
ア・ページ・オブ・パンクは6時半から。それからGoRoGoLoの出番までさらに2時間半。
外套はタバコでぶすぶすに燻っている。
頭のてっぺんから靴の先まで煙りっぽい。
冷えた夕風のなかを、またライブ会場へと私はもどる。

タバコとアルコールと各ロック・バンドがたてる高度に器用な爆音は、
東電の無責任と、政府与党の破廉恥な公約破りと、三権分立の崩壊にくらべれば、
なんのこともない。
原発不始末は国の終わり、公約破りは約束の決壊、三権分立の崩壊は権利はく奪である。
いのちの危機にあり、自分も嘘つきになりかけ、当然の人権はぼろぼろ。
その土壌の上に存在して、そこで束の間若々しく生きて、現実は断固見ないという立場で、
いつまで、なにを音楽でさけぼうというのだ。
日本列島のロック演奏は我儘な人のおもちゃなのかどうか。
ライブハウスで私がたびたび考えてしまうことである。

見たものを今は語れ、自分たちのために。
唯一絶対無二と自分を思うなら、思うことは表現するものだ。

きょうはそういうことができた日だったろうか。
思いがけずすばらしい一日だったことは確かだけれど。

2014年1月20日月曜日

音楽前夜社のライブ ①


ずいぶんと大きなGoRoGoLoのレコハツ(レコード発売告知の略?)。
午後1時から9時まで18組のバンドがライブハウス下北沢スリーに集結。
明日月曜日はどうなる、働くという返事、すごい。

GoRoGoLoの企画はどこかスマートであって。

演奏会場としてライブハウス2か所を確保。あっちとこっちで演奏し、リハーサルをやる。
次に演奏するバンドが、観客が移動して空っぽになった会場で音の調整などする仕掛け。
時間の無駄がない。ごったがえしながらゆったりと進行。鮮やかなものである。
メンバーのキムさんがカレーをとんでもない狭いところで作って売ってる。
「ルーは今回小麦粉からつくりました」などという。
(だいたいこのライブは8時間ぶっ通し、頭は音でガンガン、おなかも空いてしまう。)
いったいどれほどの人たちがいたのか。
チケット購入150人限定、とおしえてくれた人がいた。
そうだとすると200人は集まったにちがいない、遅く来る人、早めに帰る人、ずっといる人。
ちょっと一息つきたくてリハーサル側の会場に行ったら、ソファや椅子に腰かけて
大音響の中ぐったり疲れて眠っている女の子がいた、それもおもしろい。

画家の箕浦建太郎にひさしぶりに会った。
今日演奏するのである。
私は彼の白紙に描く線を尊敬している。それは何千回何万回と描き続けた画家の曲線で、
マティスのようだと思う。しかし、彼の曲線がどうしてああいう絵になるのか、
そこが私には理解できず、クビをひねり、内心肯定したり否定したりするばかり。
よくわからないというのとはちがう。よくわかると自分なりには思っている。
むかし彼に、自分というものが全部でていてこれなら嘘がない、という絵をもらった。
彼の展覧会で「これがいい」と言ったからだった。
手放したくないなという葛藤があんなに若々しい顔にでていたのにもらってしまった。
それから、ある時、芝白金あたりのエスニック料理店での展示の中から、
私は彼の絵を一点買った。
よくわかるということと、彼らしい「かたちへの偏愛」がすごく納得できる一点。
その育つあてがない子どもの孤独といったような絵を、とられたらいやだとすぐ買ってしまった。
去年、箕浦くんは川島小鳥という写真家と共同作業で写真・画集をだした。
思いがけないことに、私が買ったあの可愛い絵もそこに入っている。
たぶん、たくさん売れていま以上に有名になるのだろうと思った。
いささかの悩みがまたしても生じたけれど、共同作業における彼の態度は好きだ。
彼は料理店でも、写真・画集でも、おどろくほど相手を生かす、ひっそりとしかも負けずに。
ほんとうに独特。

ミノケンのシンセサイザーとギター。35才と19才の演奏。
私はそれにタイトルをつけた。
「先進国における屠殺の現状」というのである。箕浦くんは笑った。
「なんだそれ、まるで政治的じゃないっすかー。」
景色が見えるような音楽だった、まるで記録映画のBGM。
川が見えて岩棚が見えて、森林が見えた色つきで緑の。鳥が飛んで。
無人兵器でイランだとかを爆撃するアメリカ人には、
勤務が終わって家に帰ると、無農薬の畑を耕したりするタイプがけっこういるときく。
日曜日には教会に行って神様にお祈り、チャリティーバザーだってやるよきパパだ。
コンピューターで人殺しって、だんだん楽しくなるのかもなー。
そういう殺人者の無感覚が音をきいているとわかってくる。
彼の絵はこの音楽のまったく対極にある。まあ気晴らしで開放かな、こっちはね。
しかしミノケンがおそろしいのは、りょうほうともが精確無比の写実だという、そこだ。

2014年1月18日土曜日

見ていたら童話


クルマの中から外を眺めていたら、白い髭を長く顎から下に流したおじいさんが、
小さいスクーターに乗って走っていた。まるでアザラシ。おじいさんは茶色のオーバーを着て
灰色のリュックをキュッとしょって、こんな多摩市界隈を行進するにしては、
じつにじつにオンボロにして古典なのだった。ああ、どこからどこまで走っていくのだろう。
手入れをしきらない蠟梅の花が咲くくたびれた可愛い庭が見えるようだ。
そこにはおばあさんが待っているのかしら。いいえ、おそらく今はもう誰もいないのだ・・・。
私の頭は、おじいさんのふくらんだ白い髭とスクーターに見とれて、すっかり愉快になり、
こんどは歩道を行くひとりの紳士が、海辺から来たカメに見えてしまう。
黒いスーツを着こんで首をすくめ、風をよけてすごいネコゼになった、あれが甲羅だ。
暖かそうに見えるのに震え上がっている骨格のしっかりした丈夫な中年。
木の葉が寒風にふるふる揺れて、その上に日が差して、どうしても寒い冬である。

こんなおとぎ話みたいなことは続かないものだなーと思う。
どんなに目をこらしても、それからは人間が人間に見えるだけのことだった。


2014年1月17日金曜日

ギター修繕の決着


ギターの表面が、買って半年もたたないのに剥がれたのである。
かの有名な、Martin、アコースティックギターである。

修繕を必要とするギターおよび保証書をもって彼は秋葉原リボレへ。
一週間がすぎて、リボレから電話がかかった。
8300円支払え、修理に3ヶ月かかる。そういうことだった。
電話を家で受けた私が「保証期間中なのに?」とたずねると、
店員がクロサワ楽器にすぐ問い合わせてくれた。ヘンな話だからである。
持ち主がぶつけた結果の修繕であり保証はできない、が即刻もどってきた返事。
リボレの店員の詫び文句はこうである。
「そうなると、こちらではどうすることもできないんで」
8300円のうち3000円がリボレこのたびの手数料。伝達のみで300円じゃなく3000円。
「そういう決まりなんで、すみません」とあやまっている。

腹が立ってだれかれに意見をきくと、たいていの人が、
いい加減な品物を買ってしまったのだろう、諦めるほかはない、と言うらしい。
いくら争っても、相手にされないよと断言したりするらしい。
ぶつけた覚えもないしキズもつけてないと本人が言うが、それはてんで問題にならない。
これには胸をうたれた。なんだか灰色。絶望の種はいつも始めは小さいのだ。
・・・作って売った「会社」ではなく、買った者の「不運」に責任をとらせるという、
無力な者が一生涯ひき受けてしまいそうな、哀れな運命の連鎖。
スゴイ話だと思うけど、当然そうなるさと思う人のほうが多いらしいから驚く。

きのう、また電話がかかった。クロサワ楽器の人からだった。
わるいけど自分の勤務時間内に電話しても、ギターの持ち主だって働いている。
5時まえに電話を掛けて、若い者が家にいるわけがない。
電話の相手は8時にかけなおして直接本人と話しあいます、と私に確約した。

クロサワ楽器店はマーティン・ギターの日本代理店である。

あなたがたは秋葉原でギターを買う人間を「貧乏人」だと思っているのでしょう。
お金持ちは、銀座の山野なんかに行って、だいじな楽器をらくらくと正価で買う。
たとえば8300円の修理代にショックを受けるようなくらしの中にいるニンゲンが、
・・・何万円もするMartinを葛藤のすえ、やっと買ったとして、
軽はずみにぶつけたり、上から圧迫したり(そうしたというのだ)、
そんなことはまず絶対にしないでしょう?
それでも半年もたたずボディは剥がれた、これが当方だけの問題なのかどうか。
私が許せないのは、買い手の不運に対する一片の同情もないやり口だ。
今回の修理費問答無用請求という態度には、弱者に対する軽蔑が見える。
なんて傲慢で無礼で不道徳なんだろうと思う。
だって、あなたがたは「お客様」にそれなりの対応や説明をするでしょう?
もしもこの話が、秋葉原からではなく、銀座の山野あたりからきたならば?

私がどうしても言いたいことの根本はそれである。
会社の言い分ばかりが横行する多くの不可思議なシステム、
若かったり貧しかったり気が弱かったりすると、かのMartinを買ったというのに、
その努力や儚いユメに一片の敬意も払われない。保証書なんか無いのとおなじだ。
最高の職人仕事ってそれか。
そんな気風に支えられた木製楽器ってどういう音をだすのか。
非芸術的楽器会社の、品性の欠如がイヤだ。

保証書は権利を獲得。修理期間に要する3ヶ月は1ヶ月に短縮。
話しあいはギターをつかう当人が納得するかたちで終わった。

なぜ、そういう常識的な結末になったか。
たとえ相手にされなくても、異議申し立てはあきらめずにしてみよう、
消費者センターを複数さがしだし、そこで決着をつけることにしよう。
こちらとしてはそうしたいと、不十分ながら取次店に伝えたからだ。
    東京都消費生活センターは新宿にある。
    電話番号は03・3235・1155
    多摩市にだって多摩市消費者センターがある。
    電話番号は042・374・9595

どんな末世にも、人の世には、それなりの是非がある。
消費者センターに相談したとしても、やはり相手の言い分が通ったのかもしれない。
消費者センターが本気になって消費者の立場にたって考えてくれるものかどうか、
けっきょく電話をしなかったから、よくわからない。
私にとっては、人まかせにしたり、相手をやっつけて勝つなんてことじゃなく、
公平な論理が世に出て、それが今でも通用するとわかったことが、まず好ましい。