2017年10月2日月曜日

毎日のように


毎日のようになにかがある。
きのうは紀伊国屋ホールで松元ヒロさんのライブ。
みっちゃんと。
帰りの小田急線の座席でフィリピンの女の子とずーっと話す。
27ぐらいの美少女、だと思ったらチガウヨ、40スギヨ。
コドモ3人イテネ、もう成人してミンナ働イテマスという話だから、
みっちゃんと私はすごく驚いて、目をしろくろ。
ビックリヨ。

今日は、なんにもできず。
洗濯をし、掃除をし、買い物をして、夕ご飯のしたく。
おさんどんにどんより終始。やっと生きているんだと思う。
ノロノロと歯をくいしばって。なんだかしらないけど、くたびれたなー、まったく。


2017年9月30日土曜日

女子会(鶴牧3)



たこ焼き!!に、ゴボウの和えもの、インゲンの胡麻よごし、林檎に梨、梅酒の梅、
切り干し大根、タマネギの酢漬け、和菓子にスナック菓子、健康茶にコーヒーに。
茗荷の酢の物もあって、あとはなんだったかしら。チョコレートもあった。

ずるずる行う、と決めて無理のないところ二ヶ月に一回の集まりになったが、
集会所における女子会のテーブルは、今回もちゃーんと美味満載 である。
白いトルコ桔梗と吾亦紅まで、強化セロファンの花瓶に活けてある。

思いがけなくもそれぞれの律儀さが楽しさをつくる。なんだか自慢、ホッとする。
それにしても、お料理の上手な人 がいるもんだと思う。
七,八人の集まり。おいしいことはホントいいことよねっ。



2017年9月29日金曜日

泥沼みたいな眠気


風に枝が踊っている、メタセコイヤも柿の木も桜だって。
でも、そんなもん見ても眠たくてねむたくてどうにもならない。
もうだめだ、寝てしまおう、そう決心するが、16時に眠ってどうする。眠れない。

きょうは晴天なのにムチャクチャ。
ふたりの人をお引き合わせするのに、、待ち合わせの時刻をまちがえた。
一方のT氏は駅から歩き、もう一方のT氏はバスで私の家に到着。

あーあ。バーカ 河馬 チンドン屋 みたいな自分が痛い。
でもね、お手上げといっても、両方のお手を上に上げる気力もないのよ。
と、この口調は、亡き長 新太さんの真似なのだ。。


2017年9月28日木曜日

雨の夜中


2階の寝台はぴったりと2階の窓に沿って置いてある
窓をあけたまま横になると、虫たちの大合唱がきこえる
ききながら、いつのまにか眠ってしまう。

目をさますと辺りが雨でけむり、大気はシーンとしている
この角度からは屋根と空がみえるばかりだ。
煙る空間のむこうから、救急車のサイレンが近づいて、また遠くなる。
 
だれも見ていない真夜中ならば
雨はエンピツみたいな流れをつくり、シタジキみたいに光るのかしら
うちの団地の石畳は古くて、もはや不定形なデコボコだから

そんな遊びが地面にあれば雨のしあわせ
べつにジャングルにいるわけじゃなくても、水の響きは大きく、
どこやらの地平線めざして、雨は遠くへさらに遠くへ。



2017年9月26日火曜日

彼方


階段の踊り場に、ありあわせの額に入れた絵がかざってある。
幼稚園の、教室にいられない子が、職員室の机で描いた絵だ。
覚えているが、その日は魚類図鑑が気に入って、色画用紙に3枚も4枚も、
図鑑のなかの魚を、いろいろ、するすると描いた。
あんまり素敵なので、むりな気がしたけれど、つい、たのんだ。
「わるいけど、この絵、私に一枚もらえないかしら、だめ?」
カナタは、そういう名前なんだけど、しばらく思案してから、
うん、いいよ、といった。どれがいいの?
あの時、なにを考えてまよったのだろうかとよく思う。
落ち着いて、考え深いあの男の子は。

手をさしだすと、素直に手をつなぐ。
ふたりで、あてもなく教室から教室へ、居場所がないとホールへ。
ホールではたったひとり、広い場所にぶちまけたおもちゃで遊んでいる。
遊んでいる彼をながめて、じっと待つばかりだった。
時間がくるまで。あるいは彼が飽きるまで。私には彼方と話す能力がなくて。

色画用紙の抹茶色のみどりに、5才児の曲がっておおきい平仮名、かなた。
ちぎれたような署名がなつかしい。
魚のほうは、魚類図鑑かららくらく写されて、俳画のように渋いのに。



2017年9月25日月曜日

故郷の村を


 こうしてわたしはふたたび、故郷の村を出たときのように、風がさししめす道をたどって
あたらしい生活に歩みだした。
                  ローズマリー・サトクリフ

 私の子どもで、こう言えるような人生を選択したのは、遥だった。
はるか彼方に行く人になるようにと思って、つけた名前だ。
 彼女は、モスクワでロシア語を習い、ペテルブルグに行ってロシア語にみがきをかけ、
オランダに渡り、ロッテルダムに住んで、そこがヨーロッパだからなのか、ベルギーに、
ドイツに、スペインに、フランスに、イタリアに、それからどこを歩いたのだろう。
 私はなんにも知らないけれど、京王電車にいっしょに乗ったりすると、彼女の立ち方が
オランダの人のようだと感じる。席はゆずるもの、という若い人の自然さ。




2017年9月24日日曜日

渋谷、セヴンスフロアーに行く


渋谷は 禍々しい。
まがまがしいという言葉に「凶」という漢字がつい浮かぶ。
凶々しく汚い街路、宣伝に煽られた禍々しい大群衆。

スマートフォンを買えというマイクごしの絶叫。
新曲売り出し巨大トラックの、辺りかまわぬ下等宣伝と空間占拠。
ビルの階段から5,6人で降りてくる不良の得意満面。

地下には今もあの本屋が残っているだろうか。
私はブンカムラしか、落ち着く場所を思いつけない。
 ライブの開始時間にはまだ1時間半もあった。

東急百貨店は美しいが、ぱらぱらとしか人はいない。
買おうと考えたこともない香水やバッグやドレスの回廊の突き当りが文化村だ。
しかしここも、ベルギーの怪奇絵画展かなにかの催しで、どっさりの行列。

・・・地下で、「笑う子規」という、とぼけた本を買っちゃって。
一句につき1頁をつかってある。
俳句。南 伸坊さんの漫画つき。天野祐吉さんの解説。

春風のとり乱したる弥生 哉
ぼんやりとほんわりと場違いの世界が手のひらにのっかる。
途方にくれたまま1時間15分がたった。

さて、セブンスフロアーは連れ込みホテル坂をあがって、セブンイレブンの上にある。
ホテル街のけばい建物に、映画館が喰いこみ。ライブハウスがまぎれ込み。
金子信雄か安倍徹?の映画特集をやっていてびっくり。

沖縄から今朝がた駆けつけたという少女ふたりのラップ?をきく。
自尊心のないただの「頽廃」だと思う。海水浴の思い出とかだって。
渋谷あたりの若者と表現がおなじなら、沖縄から彼女らを招く理由はない。

戦死した魂も敗北続きの基地反対闘争も、不滅の沖縄の王冠である。
皮肉にもそういうことに気がついてしまう。ほかならぬ沖縄にうまれたことにも、
安倍政権下の日本で投げやりになっていることにも、まるっきり関わらないラップってありか。