2021年1月14日木曜日

ゴッドファーザーを観た。


今日は、糖尿病の診断検査の日だった。
先生がビックリして、
「血糖値がすごくさがっていますね、どうしたんですか ?」
なんにもしてないし、わっからなーい。
「ええと」と私は言う。「すみません、わかりません」
クスリの入った袋を先生の机において、
「つい飲みそこないが多くて、先生に見ていただこうと思って」
ぼんやりしていると、飲めないクスリをゴミとして捨てることになる。
なぜか病院は、もうじゃんじゃん、お薬をよこすのだ。

どうしてだか肝臓以外は数値が正常。
薬局で薬剤士の青年が、どうしてですかと私にきく。
「お酒、飲みます?」
「はい、飲みます」
「毎晩ですか?」
「はい、毎晩」
「それが原因だな。やめられませんか?」
「はい。やめられません。だっておもしろくないもんね」
薬局の青年は、はっはっはっと笑っちゃって、
「そりゃそうですね、ごもっとも」
ぼくだって、といまにも言いそうだった。

いま読んでいる本の著者が、自分もパンデミックで外に出られないと言い、
いくつか昔の映画をビデオで観た、と書いている。
「ゴッド・ファーザー」を見るとよい、疫病の大流行で政治の手が届かない、
政治制度がどん底みたいな今だと、かえって理解できるものだとか。
それで、観る。おもしろくて素晴らしくて、途中で観るのをやめられない。
旅先の映画館でむかし観たなと思い出す。
名古屋とか大阪だとか、どこか地方の映画館で上映中だった。
旅先でも大評判だったので、みんなで観にいったのだ。
宇野(重吉)先生に、どう思ったかときかれて、
すごく間抜けな感想をいったというイヤな思い出。

あれから50年もたったなんて?


2021年1月13日水曜日

おんぼろ睡眠


最近、午前11時がくるまで起きない。かえって疲れると思ってもがんばる。
はじめ4時に起きるのだから、それからの睡眠はずたずたに切れて、
どうしても2時間おき、1時間おきに目がさめる。
それでも本なんか読んで、なんとかがんばって眠ってしまう。

不眠症のみっちゃんにこの話をきかせると、すごくうらやましいと言うけど、
私だって、こんな睡眠じゃスッキリというワケにもいかない。
なんだか疲れたなー、というのが午前11時ごろの感想である。
一応眠るということができるのは、劇団大部屋の旅生活のおかげかも。



2021年1月12日火曜日

ぼたん雪のふる日


朝、やっと立ち上がって何げなく友人の家に電話をしたら、
家の人が出て、いま救急車をよんだところだと、いう。
数日まえには、1人暮らしのご老人から電話があって、
救急車を呼ぼうかどうしようかと、せっぱつまった緊急の相談だった。
老人といったって私も老人なのだから、これが本当に切ないし悲しい。

以前は自動車の運転ができたから、相談されれば、
よろこんでお手伝いをしようという気構えでいたけれど、
今ではそんなことも、もうできない。気持ちはあってもお役に立てない立場だ。
医療崩壊だとか、待って待ってやっと救急車が到着してくれても、
受け入れ先の病院がなかなか見つからない、という話が、
あっちからもこっちからも聞こえる。
病気が自分にもじわじわとやってきたような雰囲気である。

あーあ、
これって、デマみたいなもんじゃないのかなぁ、もう。
むかし、戦争が終わってまもなくのころ、
私たちはこんなにお医者さんに頼ってくらしていたかなぁ。

私は、医者にも薬にも頼らない、そういう年月を
頑固に送ってきたし、インフルエンザの予防注射もしない。
糖尿病になってたとえ血糖値が400になっても、インシュリン拒否のかまえ、
健康保険だって支払いはするけれど、自分のためにはめったに使わない。
ところが、としをとって、歯だとか目だとかに故障が出てくると、
とたんに考えてもいなかった生活がはじまって、もうビックリ。
ちょっと医者にかかろうものなら、
ありとあらゆる臓器が、たちまち血液検査されて、イモヅルみたいに、
体中が欠点だらけということになる・・・!?
もう死ぬまで気楽に原始人でいよう、というような無頓着はゆるされず、
私は元気さ、という間抜けな錯覚が、どんどん自分から遠ざかる。
ノンキなおじいさんにも、ノンキなおば~さんにも、なれやしないのだ。

あのさあ、
この錯覚こそが、馬鹿げているにもせよ、私の元気の支えだったのよ?
のんき、どんかんが、健康の素って、いいじゃないのよねー。
見逃してもらいたいわよねー。
こんなことをクサクサ考えていると、淡くて真っ白できれいなぼたん雪だって、
もしかしたら、気象庁が均等割りに降らせているのかも、などと。



2021年1月11日月曜日

東中野ポレポレ坐へ

 
写真展に行って、
考えたこともない世界を見た。
最後の湯田マタギ。黒田勝雄写真展。
大橋ご夫妻と。

とてもたのしい午後だった。
どこに行ったかというと、JR東中野駅から徒歩3分。
ポレポレ坐ビルの7階、ありかHoLeだった。

広々としたしつらえの1階喫茶室で、生姜紅茶をご馳走になる。

いつだったか、1階のここで、炭鉱労働者に一生をささげた、
「せんぶりせんじがわらった」を書いた人の記録映画を観たと思う。
上野英信という、思いがけない炭鉱に関わる作家の特集イベントだった。
それも杖代さんのお誘いである。

実家の父の書斎の本棚に出版したてのこの本があって、
そのむかし、高校生だった私が読んだのだ。
炭鉱も、炭鉱労働者も、作家も、表舞台から消え去って久しい。

今日は、ポレポレの若いスタッフのセンスなのだろうか。
正面のスクリーンで西洋の文化映画?が音もなく淡い色どりで進行中。
なかなかステキである。

この鉄筋コンクリートのビル全体が、杖代さんの従兄弟の「せいちゃん」、
つまり本橋成一さんの所有だときいて、とてもびっくりした。
ポレポレには私も、私の友人たちも、名画を観によく通ったものだけれど、
まさか地下にある曲がりくねった階段下の映画館ポレポレだけじゃなく、
7階もあるこのビル全体が、本橋成一氏の、
写真家、映画監督、各種文化事業主催者の、ほかにもの仕事だなんて。



2021年1月10日日曜日

零下にある夜空

 
濃紺の色した空に、
投げ出されたような星が風に吹かれて、
斜めにかかっている。
東の空には驚いた風情の、淡い雲の壁。
西の空というと、どこまでも寒風にゆがんだ暗闇ばかり。
今夜は夜空がはるか遠方にあり、
西では星もそれぞれが氷のように透明分離して、
はすかいの風に飛んで輝いているせいか、驚くばかり美しい。

冷たくて寒くて、
風に見とれるというわけにいかないが、
厳寒の深夜というものは、
ビロードのように輝くにせよ、風に雲が飛ばされてゆくにせよ、
圧倒的に輝いて、凍る厳しい暗黒とともに、
決して忘れられない、なにかだと思う。



2021年1月9日土曜日

サイケな1日

これは冗談だけど、
私のトシのとり方は、なにやらガリバーのよう、巨人ふうである。
なんでそんなことを考えるか・・・
手の指の爪がじゃんじゃん、のびて、それをパチン、パチン切るというのは、
そんなに大変じゃないけれど、 
足の爪となると、常にどうにもこうにも決心がつかず、
わかっていながら、なんとかしよう、なんとかしようと、
3日も、4日もかかる、それでも切ろうという決心がつかない。
足の爪は、私からものすごく遠くに、ある。
ガリバーだって、巨大な腕を何マイルものばして、爪をきるのは、
たぶんすごく、厄介で息がきれてめんどー至極だったんじゃないのかなーと、
ぼんやりしながら、自分もぐずぐずと決心がつかない。
155センチしかないのに、77才ともなると、
サイズという基準が永遠サイズに代わってくれるのかしら、
この私の、どこにあるのかよくわからない脳髄の、奇天烈はたらきで。

今日はいわゆる非生産的な1日で、
ストーブの火を消し、はだし(裸足)を日光であたため、
手塚治虫の「アドルフに告ぐ」を読んではねむってしまい、
それからふっと目をさまし、どうしてか急に決心して、
足の爪をきちんと切ったのがトピックスなのでありました。



2021年1月8日金曜日

レストランに行った


萱野さんの小さな黄色いクルマが、坂をぐるぐるまわって走り、
高台にあるきれいで広いレストランで、お昼ごはん。

そこには、いろいろな野菜だとか手芸品だとかが置いてあり、
私はレストランに入るまえ、萱野さんの手提げを借りて、ついつい買い物をした。
いちごだとか、カブだとか、にんじんだとか。根生姜も買った。
べつにいそいだわけじゃないけれども、なんとなく私ってせっかち、
萱野さんはというと、のんびり売り場のあれこれを見て歩いている。
「あなたは買わないの?」ときいたら、
「私は食事が終わってから、帰りに買います」という。
そうよね、いま買うと重たいしじゃまよねー。
萱野さんは、あれもある、これもいい、おいしそうとか新しいとか、言ってる。
私はそうか、そうよねと、どうする気なのかついつられちゃって、カブなんか買う。
新鮮で、小さくて、かわいらしくて、安いカブなのである。

ふたりで話しながら食事をして、ゆっくりゆっくりハーブティを飲んだ。
雲のむこうの富士山をながめる。日差しがつよくてこまるほど温かかった。

帰りに萱野さんと私はまた、レストランを出て、小さい売り場のほうへ。
私なんかさっき買い物をしちゃったのに、まだ、なにか買えたらたのしいわけで、
無農薬、小振り、新鮮、安い・・・大根はうちにあるからいらないし、とか。
でも、びっくりしたことに、ほとんどのお野菜がいつのまにか買われて、
いまじゃもうあとかたもないのである。
苺だって、あんなにあったのに、ひと箱しか残っていない。
めったに買い物客が来ないような場所だという気がしていたのに、
いつのまにか小人が大勢やってきて、ばたばた買って行っちゃったのか、
腑に落ちない・・・。・・・あーあ。

カブの話。
まず、買い置きの豚肉によく下味をつけ、フライパンで焼いて、お皿に分けた。
そのフライパンに作り置きの出し汁をけっこういっぱい加え、
切り目を入れたかたい小さなカブを葉もいっしょに茹でる。
大蒜に生姜に塩コショウに、ターメリックになんのかんの。
固めの小カブはお醤油をかけると、びっくりするほどおいしかった。
このカブなんか、箱の中にたくさんあったけど、萱野さんって買えたのかな・・・?