My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2014年11月19日水曜日
ながら族の一日
朝から忙しい。11時にみっちゃんが来る。
私は額を「壁かけ用のフランスの絨毯」に取り替える。秋だからである。
おんぼろの絨毯(床)は洗濯。あいまに掃除機を使い、
使いながらお湯をわかして昨夜水に漬けておいた菜花の葉を2束分茹でて冷蔵庫にしまう。
野田さんとグラノーラを牛乳で食べて、また2人で掃除と洗濯。
野田さんの仕事がお休みの日だからうれしい。
みっちゃんが到着して3人で昼食。パソコンで原稿書き。途中パソコンの電話相談に電話して
SOS、不具合をなんとか解決して、原稿にもどった。
みっちゃんと私はいま、一緒に仕事をしている。お茶を飲みケーキを食べる。
私は鶴三会の会計その他の辻褄を合わせたくて細田さんの御宅に走って行く。
あさっては山花郁子さんが来て下さって、小講演会なのである。
私の代わりにパソコンをやりにくそうに使っていたみっちゃんが、
「あ、消えちゃった、どうしよう」という。こういう目にあうのが自分だけじゃないとわかる。
エイトとかいう新システムはもうまったくきわめて不安定不便である。
野田さんが外からもどって来てくれたから、
できた文章の転送その他を野田さんにやってもらって、私は木下さんのための教材を用意、
およばずながら言語療法のお相手をしている。そのうち発表会をするつもり。お客さんを2人か
3人にすれば、木下家で発表会はできる。
野田さんも私もそれぞれに乾いた洗濯ものを取り込む。
1日がんばったので、原稿も少しはメハナがついた。
木下家5時の約束をどうしても守りたい。日中は温かいのに夕方ドカンと寒くなった。
みっちゃんは遠慮のかたまり。自分で帰るからと後ずさりするのをむりやり駅まで送って、
もどってバタバタと野田さんと簡易夕食。
なんとか約束の5時に木下さんの家へと外に出た。しかしまたいつものごとく、、
「ケーキ、ケーキ、木下さんのケーキ、忘れた、しまった!」
などと叫んで私は玄関からダイニングに駆け戻る。
テーブルの上の袋をひっつかんでまた駆け出す。
野田さんが野田さんらしく注意深い口調で向こうから叫んでいる。
「久保さん、ケーキを持ちましたか!?」
「うん、持った、大丈夫、手提げに入れたわよ!」
私はせかせかと靴をはきながら安心してよと言わんばかりにどなる。もう5時だ。
だけど野田さんが走ってくる。
「久保さん、待ってください、それ、ちがいます。それは焼き鳥の袋です!」
(なんと彼女はケーキを入れたタッパーウエアを用心深くささげ持ってる!)
えーっ。どうして。そっちがケーキ? こっちが焼き鳥?
「なんでよ?!」
なんでよと聞きたいのは野田さんのほうだろう。
私はおかしくってドッと笑ってしまった。
ケーキも焼き鳥もみっちゃんのおみやげだった。ケーキなんか木下家の分まである。
それをいうなら、フランス製秋の絨毯だって、みっちゃんのお母さんの遺品なのである。
木下家からもどると、野田さんと私は、8時開始の映画を観にモノレールで立川へ。
もう冬で、外は真っ暗である。映画見物を最後にくっつけたから、今日は忙しかった。
てんこ盛りと、こういう日を言うのね。たぶん。
2014年11月14日金曜日
平和よねっ
きのうはパソコンの説明をしてもらって(電話相談)午前中がつぶれた。
ほうほうの態で午前中から這い出して、図書館へ。
山花郁子さんの講演会のために本を借りておかなきゃならないのを、ポカンと忘れていたのだ。
よかったぁ、講演会は来週の木曜日、ゆうゆう間に合う。
山花さんにきかれて、「あっ、忘れてました!」と口走らなきゃよかったよなーまったく。
ポスターは後藤さんの絵をいただいて、紅葉山(この団地の!)の絵入り。
チラシも後藤さんの管理事務所の絵入り。
たちまち作って(平野さんと私が)、たちまち全戸に配ってしまった(細田さんが)のが先週。
後藤さんの絵をみていると、誇らしい、という気がする。
今朝の新聞に平和俳句を募集とあった。
どんな時どんなことに平和を感じますか、という問いかけである。
平和ってこんなふうなことじゃないのか。
一生の最終ラウンドになって、個人の独立を保てていること。
隣り近所に冗談がいえる友人がいること。
病気になっても元気。
しかもポスターやチラシが作れる!
坂下の図書館に電話をした。
予約の追加注文である。なんでも「ねぎぼうずのあさたろう」 とかいう絵本を
山花さんが使うらしい。きいてびっくり、9巻もある。
思わず「一巻だけでいいです」と昨日は断ったが、手に取ってみればうすっぺらい続きもの。
「ばかばかしいけど、ま、・・・借りよう、思い切って!」と 言うと、電話にでた人が笑った。
笑っちゃうような絵本なのだ。
山花さんって、この絵本をどう料理するのだろう?
2014年11月13日木曜日
秋から冬へ
毎日、飽かず居間から庭をながめていると、風がどこからともなくやってきて、
柿の、柿紅葉というそうだが、赤い葉が敗北したトランプのカードみたいに落下する。
葉を喪った柿の木のむこうは低い土手で、下の通路まで何メートルあるだろうか。
背の低い数本の木のむこうに、深緑が褪色して若葉色になった大木が見える。
メタセコイヤが、すこしづつ、ねじるように赤くなりはじめている。
メタセコイヤ通りには、時々、茫然としたみたいな小型自動車がハザードランプをつけて、
止まっている。あの慎ましいクルマの運転席では、われにもあらず年取ったひとが、冬を前にした樹木の挨拶をうけて、少しばかりゆっくりしようと思っているのだろうか。
そうだとしたら、その人は、私に少なからず似ているのかもしれないと思う。
メタセコイヤ通りの秋はこれからだ。尾根幹線道路につながるこの道は、いまに赤いレンガ色に
変わる。この通りは火がついたようになる。赤毛のアンの頭のようなカラーになる。
坂の下の小さな図書館にさっき昔ふうの少女小説を返してきた。
「ダーヴィンと出会った夏」、ジャクリーン・ケリー作。
キャルパーニアという12歳の少女と彼女のおじいさんの物語だった。
グラハム・ベルが電話を発明して、それがやっとテキサスまで届いて。
昨日の夜中、もう一冊「35歳を救え」という怪談みたいな本を読んだ。
NНKと三菱総合研究所が研究した、2009年出版の本。
なぜ10年前の35歳より年収が200万円も低いのか、それが副題。
こわくて眠れなかった。2011年の津波と福島原発のメルトダウンの、
あれ以前でさえも、わが国はこうだったのかと思うと。
2014年11月12日水曜日
ハロウィーンの夜だった
長い一日だった。新宿はまがまがしい人でいっぱい。
帰宅者で電車は満員である。
ああくるしい。でもその急行に乗らないと。夜が10時になりかけて、家は東京のチベット。
それでむりに乗ったら、急行だから案外 どんどんと快速球もとい急なのだ。
座れはしないけれど、電車には乗ったし、すこし空間もあって、つり革にもつかまれる。
まあ、これで新百合ヶ丘までなんとかと思っていると、次の駅でむこうのむこうの席が空いた。
白髪の紳士が私を手招きして「どうぞお坐りなさい」とかけさせてくれる。
あんなに疲れた表情の人なのに。
私の横の人がしきりにもぞもぞして、腰かけたばかりの私に
「これ、次はどこに停まるんでしょうか?」
駅の名まえがやっとハッキリしても、どうも落ち着かないでいる。
なんだろうと思ったら、「すごいですね」と私を眺めているのだ。
席をゆずってもらってすごいのかと思いかけたら、メガネなしで細かい活字を
読んでいるのがスゴイという。たしかにスゴイ。見かけどおりの71才なんだから。
それでその人は私にこう言った。
「あのう、アメを食べません?」 !? !?
好きなのをお取りになってくださいと言われた。小さい缶にイロイロなアメが入れてある。
その人は自分は取らずに、またアメをしまった、ハンドバッグに。
礼節上私はアメをたべる。その人はたべない。
こんなことってあるもんかなー。
階段をあがる。階段をおりる。電車がいない。
小田急多摩線はいい。座れるし、終点から終点までの時間がみじかい。
やっと電車が到着、やれやれとドアから入って適当にドンと腰かける。
もちろん、私と同時に他の出入り口からもさまざまな人が乗り込んだのである。
みれば、私の腰かけた先に眠り込んでいる初老の紳士がいる。
終点に着いたというのに目をさまさない。酔っ払いだ。
どうしたもんかわからないけど・・・。私はウロウロとこまってあちこち・・・。
すると、前の座席の男の人が私と同じ目つきで、こっちを見てこまった笑顔だ。
向こうの方の座席の人もおんなじ、すこし笑顔の、思案顔である。
それで、あの人たちと自分が同じ判断ならばと、元気がでたし決心もついた。
私は眠り込んでいるヒトを横からつついた。
二度目につっつくと薄目を非難がましくあけたから、できるだけおもしろそうな低い声で、
「新百合ヶ丘につきましたよ。大丈夫ですか?」
彼は、不満顔で、考えながら立ち上がり、グラグラと歩き、危うくプラットホームへと降りる。
私を眺めている。恨んでいるのねと思ったら、閉まり始めたドア越しに頭を下げた、
グラグラとゆれっぱなしで。
みんなで心配したことだとは 知らなかったにちがいない。
幸福をもらった日だと思う。
2014年11月11日火曜日
不条理
電車に乗ると決まったように
アナウンスが申し訳ございません、申し訳ございません
2、3分おきに、申し訳ございません、を繰り返す
なぜかって、ほかの電車が人身事故にあって、
到着と発着に狂いが生じたのだとか
狂いが生じたのは、
車掌のせいでもないし運転士のせいでもないし、
申し訳ない申し訳ないって悪くもないのに謝るなよ
申し訳はハッキリついてるじゃないの
あやまり倒してなんになる
プラットフォームから飛び降りた人がいたんでしょ、
このごろしょっちゅう、苦しくて死ぬしかなくなる人がいるんだ、
毎日、あっちの電車、こっちの電車で、人身事故人身事故人身事故、
進入してくる電車が、もうこわがってびくびくして千鳥足
電車が千鳥足だなんて前代未聞 のこんな世の中
申し訳ないのは、政府と国会と裁判所なんじゃないの
まえはこんな世の中じゃなかったもん
こんな世の中じゃない世の中だってちゃんとあった日本を知ってるぞ
電車は無表情な乗客乗せて
申し訳ございません、申し訳ございません
いったいどうすればよいのだろう
申し訳ございませんといわずに、どうすれば?
鶴三会・句集発行!
句会が誕生して二年が過ぎた。
それで、そろそろ句集をなんて話が出て、自然とそんなふうな成り行きになった。
みんなで一緒にやることだから、私もくっついて行く。
俳句が苦手なので、「くっついて行く」意識がどうしてもつよい。
日頃、くっついて行くことが少ないので、これってけっこうラクかも?とうれしい。
約束が順調にまもられて、小林さんがパソコン相手の原本作成作業。
「 ああ、たまらないだろうなー、私が小林さんだったら 」と思ったんだけど、
鶴三会はなぜか、できないことを引き受けてくれる人の宝庫であって、
とうとう句集を参加者それぞれの手をつかって、和紙と紐で綴じる日がきたのである。
何時間もみんなで、教わりながら、なんとしても和綴じしようと四苦八苦。
今日に限って参加できなかった宇田さんと中村さんの話が出る。
宇田さんは山へ中村さんは病院へ。 残念だけどしょうがないけど残念だ面白いのになー。
できあがって何日かが過ぎると、不思議な気持ちになってきた。
表紙を和紙にしたのが大成功で、まず紙のやわらかい感触が、
句をよせた人々の二年にわたる努力や人柄をリアルに思い出させるのである。
そんなことは思ってもみなかった。みんなで句を作り、綴じることをしたからなのかしら。
つい置いてあると手にとってしまう。
活字になるとひときわ映えるものだなーと、ヒトの句を読んではおどろく。
それぞれのコメントを俳句のまえに置いた編集がよい、と読んだ人がほめてくれた。
そう思って読み直すと、たしかに編集がいい。
わるいところがすぐには見つからない!!
この憂き世にあって、この雰囲気。
なんだか、もしかして、と思う。
私がある日、死んでしまったとしてと、そんなふうに想像するのである。
あんな人がいたなあと、だれかが思い出してくれるのかもしれない。
ゆっくりと、のんびりと、たのしく、仲間だったなあと懐かしんでくれるのかもしれない。
さすが老人会、たいした努力をして一生懸命だったころには、思いもよらなかったユメだ。
三國さんにきいたら、三國さんもおなじようなことを思うとおっしゃるから、
老人会って、いいものなのかもしれない。
そう思って作ったわけではない句集が、ふしぎな船着き場に漂着して感心である。
2014年10月14日火曜日
ブラジルからきた女の子
S市に出かけた時のこと。
駅まえの広場で案内所に行き、バス停の場所を尋ねた。
バスは一時間に一本。
指さして教えてもらった停留所にはベンチがあり、
黒ぶちのメガネをかけた、若い女性がパンをしきりに食べている。
私は駅周辺のがらんとした広さに馴染むことができず、ぶらぶらと歩いた。
S市の中央駅なのに、ロータリーを起点にのびる通りも左右に見えるのに、
人かげはまばら、お天気がよいのにとりつくしまもなくカラーンとしている。
時間はお昼をすぎて、もう二時ちかく。
予約したホテルは東名高速のインターチェンジを出てすぐのところだが、
付近にレストランや喫茶店がほとんどない。
ホテルも、「朝食以外提供いたしておりません」とさっき言われた。
あずけた荷物の中に、朝の残りのおにぎりがある。
あれを昼か、夜のどっちかの食事にしなくちゃならない。
なんとなく、奇妙におもしろくなってきちゃった。
ダシール・ハメットのフィルム・ノアールの中なんじゃないのこれは、というような。
空虚な立ち往生というのがめずらしくて、愉快にちかい気持ちである。
「バスの時間を調べましょうよとにかく」
と私は私に言う。
バスの時刻表の読み方が絵図面みたいでわからない。
あいかわらずベンチでパンを食べている女の人にきいてみる。
「すみません、あのう、この時刻表はどうやって読むんでしょうか?」
彼女はひるんだ顔をし、
「さあ、ワタシには。これは一時間に一本しか、ここのバスはきません」
外国人なんだ。私は漠然とあたりをみまわして、ついきいてしまう。
「知りませんか、どこかちょっとおいしい食事ができるところ?」
相手は一生懸命な表情になったが、お手上げらしく、
「さーあ・・・、そこの、あの店ならば、カレーライスが食べられますでしょう。」
さっき見て、カレーねえ、と迷った店だった。
「うーん。カレーライス?」
朝ごはんを食べたきりなのでお腹は空いているんだけど、などと私は言う。
外国人ではあるがここS市に住んでいるらしい彼女に。
やれやれ、旅行用に持ってきた長い題名の本。高峰秀子賛歌のおもしろい評伝なのだが、
私ときたらさっきから高峰秀子氏に軽蔑されバッサリ切られるような態度ばっかり。
「他人の時間を奪うことは罪悪です 」
ベンチで一心不乱にサンドイッチをパクついているヒトの時間を奪ったし。
「人はあんたが思うほど、あんたのことなんか考えちゃいませんよ」
その通りだよなー。カレーは今食べたくないとベンチの他人に言ったりして。
まもなくバスがブーっときてガタン・キューウッと止まった。
運転手は世にも仏頂面な金髪あたまの女子だった。
私は前方の座席に腰かけ、さっきの女性は後方の座席に腰かけた。
ひっそりと、体の具合のよくなさそうなおばあさんが乗ってきた。
こわごわときけば運転手は、もう金輪際笑わないよという強張りかたで、
「イダサカイ」にこのバスはとまると、請け合う。
時間の調整なのか、バスはなかなか出発しなかった。
なにを思ったのか、さっきの女性が私の横に移動してきた。
私はうれしいと頷いて挨拶のかわりにし、彼女は彼女で内気そう微笑んだ。
紙の袋から一生懸命になって食パンをとりだし、たどたどしく
あのう、と言うのである。あのう、サンドイッチたべませんか。ハムとチーズありますから、
サンドイッチできますから。パンもみんなスーパーで買ったばかりですから。
さっき私がお腹が空いていると説明したせいなのだ。
持ってきたお握りが食べられないからと、ことわったのが本当に残念だった。
あんなに彼女の親切がうれしかったのに。
私は最近、そんなにたくさん食べられないのである。
バスがすごく幅のひろい川を渡っていく。ええと確か、この川は有名なはず。
橋を渡り終わると果たしてたもとに看板があって、やっと思い出す。
大井川である。・・・そうか、越すに越されぬ大井川だったのだ・・・。
大河とも言いたいほどの悠々たる川は、川そのものが昔はもっと美しかったのではないか。
水も川辺も。生き物のように。
コンクリートで整えたり、危険防止の始末がしてある、というだけじゃなくて。
「・・・あなたは外国人ですよね?」
私は通路の向こうの彼女にきく。
「そうです」と賢そうな目が微笑んだ。
「どこのお国からいらっしゃったのですか?」
「ブラジルから」
彼女のさっきの親切がうれしくて、私は通路ごしに手をさしだす。
「ようこそ。親切にして下さってすごくうれしかったです。本当にありがとう。」
びっくりしたような顔をして、でもすぐに、彼女もあたたかくて柔らかい手をさしだした。
私たちは、握手する。
彼女は私の行く先がイダサカイだとわかると、よくわかるという顔をしてうなづいた。
「あなたのホテルは」とたどたどしく彼女は言う。
「ワタシがハタライテ いるコンビニの、ワタシがいるホテルの部屋のとなりです」
コンビニがバスの窓から見えた。その隣に何週間か前に私が予約しなかったホテルがあった。
そのホテルの別館もあった。
そこに彼女は今住んでいるのだろう、と思う。
私が降りるイダサカイの停留所はその次だった。
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