My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2018年1月14日日曜日
仁義なき戦い
俳句の締め切りを連日意識しているのに、頭はからっぽ。
小林さんが催促してくださって、申し訳なくもやっとこさ投稿。
このごろ、一日に五千歩はきれいな冬景色の中を歩いて通るのに、
電車から窓外の景色を、俳句、俳句とながく見て考えようとするのに、
いつのまにか意識が横にすべってどうしようもない。
夜になって、深作欣二監督の映画(DVD)を初めて観た。
なんて乱暴・雑多混乱粗暴殺人過多な日本だろう。
あのころは俳優さんたちもシノギをけずって毎日楽しかったにちがいない。
悪役、灰汁役、ただもうひたすら強烈な存在たらんがために、
なにがなんでもワンサカギラギラの大努力、
東映、日活、松竹、新劇入り乱れて、物凄い混成俳優部隊が、ギラギラギラギラ。
「仁義なき戦い」第一弾! 第二弾をつい臆病になって借りなかったのが残念 。
この作品は続編がたくさんあると聞くが、二作目までがいいんだとか。
後記。
2作目、べつに良くはなかった。
2018年1月13日土曜日
パソコン
しょっちゅう使い勝手が変わる。
頼んでもいないのに、ややこしくなり、不便になってしまう。
スピードアップしてくれと頼んでいないのに、
私個人のパソコンに、いつのまにか他者が、技術の暴君みたいなものが
「もっと便利に」と手を加える。
しかもパソコンは起動すると、アルファベットから。
日々、個人の家にズカズカ入り込まれたようで不愉快だ。
一人一人のささやかな生活に黙って入り込み、その人のささやかな独立を
かきまわしてしまう「技術革新」。
ワードプロセッサーはもう少し素朴でよかった気がするが、
そういうものはあっというまに市場から消えてしまうのである。
沈黙の軍隊。
2018年1月12日金曜日
復刻版
朝から気力なし。きのう仕事で遠くまで行ったからかしら。
むかし書いたルポルタージュが復刻版になるという話。
単行本にして再発行というのだから嬉しい。
私は〈虔十公園林〉という童話絵本をもって行った。
この本の挿絵画家に絵を描いてもらって下さい。
どうしてかって、虔十という頭が足りない子がかわいい。
いじめられても、なぐられても、喜んで笑っても、可愛くてリアル。
ほかのただの子ども達も、よく見ればすごく子どもらしい。
なんにもない畑ばっかりの農地の貧乏ったれぶりが、いい。
美しいけれど、寒くて、過酷な自然というもの、
戦時下の農村、疎開保育園が張り付いていた土地そのもの、
この画家の絵は、詩のようでいて厳しくリアルです。
戦後70余年、私たちは繁栄してそういう風土を失った。
37年前に書いた時は考えもしなかったことだけれど、
「ロマンティックな追憶の土台がどうしても私は必要だと思っているんです。」
そう言ったんだけれど。
2018年1月11日木曜日
公園を横切ると
急いで公園を横切る。
早朝である。行く先は築地市場、家はあっちから見れば地の果てだ。
なんてまー寒いと思う。寒い。
震えまいとするが、ガタガタ震えて私は、ううう、とよける。
後ろからガシ、ガシと自転車の車輪がたてる音がするのだ。
太めのおじさんが、すみませんとも言わずに、私を追い越す。
あったかそうなこげ茶のオーバーに軍手はめて、毛織のズボン。
後ろ姿を見送った・・・。
耳あてふうの黒白の網目の毛糸。ネックウォーマーが帽子。
ハゲの部分だけまんまるく露出、
ネックウォーマーなんだから。クビのためのものだもの。
それでもってグングン曲がって 消える。
後頭部・・・。
わっお日様みたいと、少しばかり好意をもってしまいました。
2018年1月10日水曜日
一月三分の一
お正月以来、家事の借りがいっぱい。
今日はその借りをどうにか返す。
息子の外套を繕う。
でき上がって試しに着てみたらよろけてしまった。
脱ごうと思うと重たくて、外套の捕虜というか。
ユリ根を煮る。
筍と油揚げと人参と干し椎茸の煮物をつくる。
五種類の豆も煮て、蒟蒻は胡麻油でじっくり炒めてから味をつけておく。
挽肉、ニンニク、しょうが、長ネギ、等々でハンバーグの用意。
パン粉がないからゴロゴロだ。
あーあ、全部、お正月に勉たちに食べさせたかったんだっけ。
元日はがっかりするほど疲れて、
健の豚汁、健のサラダ 、健と買いにいったケーキなどなど。
もうダメだー。
と思いつつ、昨日は急いで髪を切りに。
もう十年以上もお世話になっている可愛い顔の美容師さんで、
遥と同い年。このあいだの髪型はいやだと言ったら、
「それじゃあ思い切って右と左を違う長さにしましょうか?」
違う長さ?!
わからないから怖いようだけど、それでお願いという。
彼女は、大丈夫ですよ、大丈夫ですよと笑ってチョキチョキ。
2018年1月9日火曜日
集中力皆無
雨が降っていた。それから晴れたので洗濯物を過剰なほどやる。
少し曇って、晴天という感じもしない。でも無理に干す。
すると風が吹いて、太陽が輝いて、けっこうなことである。
ところがなんだか曇る。待っていると晴れる。
本を、もういろいろ手にとる。
おもしろいと思った本はすぐおもしろくなくなり、
これは図書館に返してしまおうかと投げていた本が、
私には必要な本だったりして、あぶなくシッカリ捕まえる。
頸椎の治療を竹内さんに教わって始めたから、
ご飯も食べなきゃならないし、時間がもうてんでんばらばら。
ま、いいか。
そんなにヘンじゃない。そう思うことに決めた。
なんとかかんとか、まあ大丈夫。
こんな日も愉快ときめれば愉快なのよね。
2018年1月8日月曜日
アンジェイ・ワイダ監督の遺作
「残像」は素晴らしい映画である。
スターリニズムにおかされてゆくポーランド。政治と芸術と生活の運命。
劇場に出掛けて観ることができなかったのがとても残念だ。
カメラ・ワークが素晴らしく、俳優が老いも若きも壮年期の人もいい。
映画という手法によって語られる秀逸な哲学と芸術。群衆と個人。
政治権力は始めは官僚主義により大学の教育現場や美術館を侵略してみせる。
あっという間に、政治権力は生活のあらゆる場面を暴力をもって餌食にする。
すべてを切り取る語る巨匠の腕前がみごとで、
ああ、この人は 存分に生命を全うした知識人だったのだと思わせられて、
感動的である。
イリヤ・エレンブルグの「人間・歳月・生活」を思い出す。
今年はなんとかして、全巻くまなく読みなおしたい。
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