日曜日。リックさん会社お休み。みんなで実家にご挨拶に行く。
ロッテルダム駅から列車で一時間ぐらいか。
駅を出ると、リックのお父さんがクルマで迎えに来てくれて、両腕をひろげる。
ニコニコ。遥と私の両頬に三度キス。
彼は80才をこして、以前あった時よりも瞳がブルーから灰色、茶色になり始めた。
「太陽みたいな明るい笑顔をもってきてくれたね」
ディック(パパ)が私にそう言ってると、遥が通訳。
クルマに乗ると、オランダ語で、
「これなら運転できるだろう?」
私のクルマとディックさんの車が偶然おんなじホンダのフィットなのである。
羊がうろうろしている牧場沿いに行くとまもなく川に出る。
動力で2分間だけ動く艀(はしけ)が待っている。
クルマが何台か乗ると向こう岸へ私たちを渡すのである。
昔の玉電みたい、腰にカバンの車掌さんが風に吹かれて、チケットを切りにくる。
橋をあえて作らず、こうやって他者の侵入を阻んでいるという。そう?
「艀が終わるのは何時ですか?」
夜11時なんだって。アムステルダムかどこかで酔っ払いでもしたら、帰れないじゃないの。
人口3000人ほどの、成城学園みたいな美しい住宅地にクルマが入っていく。
オランダ人は基本的にストイックだと聞いているが、
ここには、見たとこ教会と広い道路や美しい木立、農場、お墓、サッカーの練習場、小川や池、
そしてゆったりした家々の連なりしか、ない。
日曜日なので、きちんと帽子をかぶり正装した老人が、教会から家に戻っていく様子。
家が何軒か売りにでている。5000万円だとか。
まあ日本とおなじぐらいの価格。
「これは、とても便利にできていて、いい家だよ」
リックがそう言ってる。
リックも遥も、地味であっても都会的な人間で、ここには住まないだろうという気もした。
リックは男ばかりの4人兄弟の長男だけど、家族とはとてもちがう。
孤立を好む。いっしょくたになりたくない、という感じ。
それが徹底している。超人的水準といっていい。
ながいあいだ、遥に出会う前からそうだったらしく、みんなのほうも、
そういうリックに対し、もはや気楽な扱いに終始しているようだった。
大勢の親族が集まっている両親の家で、彼は窓のカーテンの横ちかくに立って、
パソコンだかスマートフォーンだかにとりつき、
もうまったく、ばかばかしい基本会話(というか)なんかには加わらない。
母親にうながされて口を開く場合は、文字通り苦笑して「・・・ふふんっ」が応答。
といって、おかしなことに、
私が話題にこまり、苦しまぎれにオランダの童話の話なんかすると、
「ハンス・ブリンカーを書いた作家はオランダ人ではなくアメリカ人だった」
パソコンを手に持っているんだから、いつのまにか調べて、どっかから教えてくれる。
会話が難破しかけて、私がいまや追い詰められる寸前だと判断したのだろう。
賢くて親切、遥がいいヒト見つけて嬉しいけど、でも、かえってこまるじゃないのよねー。
家のなかは家族の写真だらけ。
3番目のステイファンの職業がカメラマンなので。
ディックさんとヤニーさんの居間には、さまざまな国のおみやげが置いてある。
きれいだなと手にとって見ると、リックのおみやげで、ロシアの赤い宮殿や
長崎製の新幹線だった。