My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2018年2月10日土曜日
1950年の私
1950年という年、私は和光小学校の1年生だった。
この年、占領軍アメリカの命令で吉田内閣が設置した警察予備隊は、
2年たつと保安隊になり、4年後に自衛隊になった。最初から武装組織だった。
私は1943年にうまれたから、
考えてみると軍隊のない国日本に、5年だけ住んだのだった。
私の高校時代のクラスメイトが、若いお母さんたちに、
「昔、私は軍隊をもたない国の少女だったのよ」と話したと今日きいて、
なんという花のような、美しいフレーズだろうかと思った。
やなせ・たかしさんに、こんな短詩がある。
この世のさびしさを
なぐさめるために
いっしょうけんめい
花はさくのか
そんなくらしを、力及ばずほそぼそ続けて生きた70年であり、
今はもう年をとってしまったけれど。あの人は、たしかにそんな風に
いっしょうけんめい生きていた、とにかくいつも。
そう思うと、人類の容量はすがたを変える。
気もとりなおせる・・・。
たとえ5年でも、その幸福な年月のあいだ、戦争で苦しんだ大人たちが、
いっしょうけんめい幼い私たちを育んでくれたのだろう。
1949年以来、常備軍を持たない憲法を守り続け工夫するコスタリカ、
私たちがそんな国の少女だったこともあったのか、という不思議。