2020年11月13日金曜日

はやくも金曜日?!


水曜日あたりかなと思っていると金曜日で、びっくりしている。
歯医者に行き、糖尿病の病院に行き、大規模修繕に対応し、
始末し損ねたゴミを捨て、買い物にでかけ、ヘタでまずいご飯を毎日つくる。
寒いから冬にむかって衣がえを済ませ、図書館で本を借り、その本を読み、
周りに心配をかけ、周りの心配も少しだけどする。

火曜日ぐらいのはずがたちまち金曜日になって、
ブログが頭の老化を食い止めるはずなのに、パソコンをひらくと、
金曜日になっちゃったとビックリする。
ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ。
そういえば映画も観たっけ、立川へ行って?

室内の階段をのぼりながら、
まーしょうがないかと思うんだけれど、
これって、いえばあんがい健康な生活かしら?
唐木田駅のなまえが、いつもどうしても思い出せないのは、
アルツハイマーのはじまりもどき? 

はははは。
「ほら、私が思い出せない駅のなまえがあるじゃない?」
息子に聞くと「あゝ唐木田ね」とすぐ答えてもらえる記憶喪失。
これだと工夫でなおるかな?・・・おーい、唐木田くんとか
むかし歌謡曲があったじゃない? 苗字がちがうんだけど。



2020年11月10日火曜日

オンボロなひととき


黒いセーター
ふるいカシミヤでやわらかく、あたたかく、ふかふかである
何年たっても、着心地がよい
捨てられなくて、新しいのは買えなくて
毎年、セーターの破れ目を、数える
そういう時が、好きかな、ちょっと
ビンボウの醍醐味、のような時がながれて

首にひとつ。左腕にどかんとひとつ
右腕は、そでぐちに一つ、二の腕にふたつ
脇のあたりは、両袖が壊れかけてオンボロ
そのわりにお腹も無傷
背中もぶじだ
指折りかぞえれば、7つの穴ができてしまった
戦場のような、上等品

このセーターが、いちばんだ
下に黒いTシャツを重ね着して、それから着れば
だれにもわからない
と思うのはいくらなんでも楽天的で無理かしら

世の中の人が私みたいに、
みんな老眼というわけじゃなし



 

2020年11月9日月曜日

ユーモアとの折り合い


ソファに移動して、ロビー・ロバートソンの自伝を読み
眠っていたことにきがついた
このまま死んでもいいかなと思う絵柄だけれど
私のおじいさんが刑務所の囚人の家具を買ったというソファで
逢ったこともない、ながいきの孫の私が
さいきん息子に買ってわたした「自伝」を今度は借りて
それを洗いざらした洋服のスカートにのっけて
読みながら眠って、そして
どうやら死んだなんて

わるくないなと思いながら
そうだ
コインランドリイに行かなきゃ
古ぼけたスカートの色が気に入っているからか
生活の部分的責任というものが、おかしく私を引きとめる

晴れているはずの部屋の外はもはや曇って
まあ、行こうと、まあ、気をとりなおそうと
私は一緒に生きてきたみんなを思う



2020年11月8日日曜日

朝から晩まで

しかたがない、昨日は、いきあたりばったりに暮らした。
朝はコインランドリーへ。洗濯物の乾燥。
おわって、朝食。
それから、買い物。南大沢の方面へ。
劣化ここに極まれりみたいな息子の衣類をふたりでさがす。
古着やもさがすし、アウトレットにも行く。
だんだん日が暮れて、衣類と食料をすこし積んだまま、
いっそ映画を観ようかと、立川へ。

       ザ・バンド
    かつて僕らは兄弟だった

むかし勉が私の誕生日に、
「The Last Waltz」という2枚組のDVDを、プレゼントしてくれた。
マーティン・スコセッシ監督の傑作で、私は100回も繰り返して観たろうか。
立川でいま上映されているのは、その続編である。
1978年のバンド解散から40年。
今回は20代の若いカナダ人が、監督。
ダニエル・ロアー。新進気鋭のドキュメンタリー映画の人だ。
両親がザ・バンドのファンで、影響を受けてという2代目ファン。

よかった。疲れて無理にも観たわけだけれど、だんぜん元気がでた。

帰ってきて、夜中までかかって、台所、ふろ場、洗面所、洗濯機置き場の、
排水口周辺をできるだけ徹底的に掃除。
日曜日がくれば、午前中に排水管掃除の人がやってくる。
引っ越して以来、3度目の屋内からの洗浄。
入居したばかりのころは様子がわからず、掃除もしなかった。
失礼なことだったと思う。
とんでもないバカだったと、思い出すとはずかしいのに、
今度は眼がよく見えないし、体力もなくて。




2020年11月5日木曜日

くちこみ世相判断


トランプさんとバイデンさんと、どっちがいいのだろう?

もちろん、多くの人がトランプNO、というだろうけれど、
どっちが大統領になると、日本からアメリカへの献金が安くなるのか。
なんでそういう視点からの意見が新聞に載らないのかしらと、
尊敬している友人にきいてみた。
こたえは、ものすごく複雑だった。
原始的にくらしている私なんかの手におえない。
アメリカの駐留軍に対する途方もない思いやり予算や、武器の下請け爆買いを、
コロナ禍ではあるし、観光だめなんだし、すこし思いやってほしいと考えるのは、
自然の人情だと、つい思うけれど。

彼は、世界や日本の政治情勢にひじょうに詳しいが、
こたえは支離滅裂? とんでもないものだった。
バイデンが大統領になれば、思いやり予算はさらに高額化するよね。
トランプは、それなら自国の平和は自分で守れと、軍隊を日本から引き揚げて
しまうかもしれない。それも怖いんだよね。
アメリカが手をひけば、中国が、もともと中国の領土だったんだからと、
沖縄をねらってやってくるでしょ、台湾、尖閣列島(石垣市)、沖縄と。

この人はなんでこんなに、よく知っているのだろう?
ラジオがいいよ、と彼はいう。
へんなCMもないしさ、きいてるとやっぱり、
ああ、全体としてこうなってるんだなとわかる、自然にね。

きのうの東京新聞の夕刊はすごかった。
全ぺージ、バイデンとトランプのてんこもりで、号外みたいだった。
なんで新聞がヒトの国の選挙にこんなに興味を持つのか。
きいてみたらば、
一回ぐらいバランスを取っとかなきゃ、東京新聞だってタイヘンなんでしょ。
なんだ、おまえアカハタみたいじゃないかって、
そうずーっと言われてるわけだしさあ。

民主主義なんだろうか。
21世紀のこの支離滅裂を克服するのは?


司馬さんという流行


ビックリしたことに、対訳・「21世紀に生きる君たちへ」には、
コロナのコの字もでてこない。それはまあ、あたりまえだけど。
20世紀日本を席巻した国民的流行作家司馬遼太郎の遺言、
出版社は朝日、親日家ドナルド・キーン氏もかかわって、
21世紀がやってきて3年目に8刷り発行の・・・。

どうも、あたりまえじゃないのは、
資本主義ここに極まれり、という現実が基本的に予想されていないことか。
あぶないぞ、あぶないぞと一応いいながら、
司馬さんは遺言でも、江戸期の、西暦1800年あたりの緒方洪庵にもどる。
日独伊3国同盟が日本人になにをもたらしたかには、触れない。

そうかといって、そんなことに注目してばかりいたら、
うれしくない本ばっかり書くことになって、どうなるのだろう。
日本人にはいいところがある、なかなかいいところがあると思いたくて、
たくさんの人たちが司馬さんの本を愛読した。
企業戦士たちも自分の必読文献とかいって、不可思議なことだった。

自分に都合のよいところだけを採用してバブル期をすごした、
私は自分のこともそう思う。なんとかがんばって子どもを育てたが、
地球の不幸がこれほどハッキリしても、私個人の意見をもつことが難しい。
でもそれで、こんなおとな達を親世代にして、日本人は、私たちの子どもは、
この21世紀を、どうやって生き延びるのだろう。



2020年11月2日月曜日

大規模修繕のフロク


屋上のコンテナ(100x50x50)を半日かけて6台、カラ にする。
それをコンテナごと、5日までにぜんぶ撤去しなければならない。
物干しの台も、物干物干し竿も、どけろと言われている。
ばからしい。ぜんぶに、お金がかかる。
残すものよりは捨てるものが多く、ゴミ袋が九つにもなった。

思いがけなく、失くしたと思っていた大型のショールが見つかる。
くすんだブルーの・・・・・・とても、なつかしいものだ。

何十年もまえ、別れた夫の入院先に、姑(はは)と一緒に行った日は、
クルマから降りると、風がピューピュー、とても寒い日だった。
風が冷たい暗い日で、私は車にこの青いショールを取りに戻り、
お姑さんをくるみ込んだ。
姑はとても喜んだ。
「あたたかいわぁ」
にこにこして暖かい声。
そういうお人柄だったから、別れた嫁の私もこの病院にくっついてきたわけで、
「つんこさん、これとても素敵ねぇ、さぞかし上等なものなんでしょうね」
はははは、私はついつい笑っちゃって、
ひろったのですよ、これ、と言ってしまった。
「ひろったの! まあこんなにいいショール? 落ちてたんですか!」
「ええ、ゴミ置き場にね、一か月ぐらいまえに」
いいでしょう、お姑さん、これ? 大きいし、色だってステキだし。
お洗濯はちゃんとしたから、きれいよ。
あのころ、日本人は、ステキなものをたくさん捨てたのである。
バブルだったにちがいない。私なんかもうまるで無関係だったけれど。

拾ったもので自分をくるんだのかと、お姑さんが気を悪くしそうで
心配になったけれど手遅れ。まあ、いま思えばそれどころではなくて。
私たちは、窓口で手続きをすませ、階段を登り、彼の病室を訪ねた。

姑には親としての怒りがあり、私には別れた嫁としての屈託があった。

あとで義妹の秀子ちゃんから、
お母さんからつんこさんの拾ったショールの話をきいて、
みんなで(3人姉妹)大笑いしたのよと言われた。
あの日の帰り、私たちは鬱憤ばらしに大きなお蕎麦屋さんに寄り、
しゃくにさわるからと、ビールで乾杯なんかした。
きっと、お姑さんは、その話だって娘たちにしている。
姑は、だいじな息子のざまに憤慨してプンプンしながら、
蕎麦屋のお品書きにあったビーフステーキを2人前、
私と自分に注文したのである。
  
・・・あのころのお姑さんは、いまの私のトシをすぎていたかしら。