図書館のあるはずが、そこは西落合中学校で、どうしてそんなと、
わけがわからない。
こまって、そこを通り過ぎたばかりの年配の女性ふたりに話しかける。
図書館本館はいったいどこにあるんでしょうか、と尋ねる。
すぐにふたりは、ご案内してさしあげますよと、逆方向に。
ひとりでさがせるといくらお断りしても、いいんですよと言う。
「私たちはただ運動だと思って歩いてるだけなんですから」
みんなマスク、サハラ砂漠なみだ。
風がピュウっと吹いて、すぐ寒くなる、そして歩けばすぐ暑くなる。
草木の生い茂る美しい遊歩道を、二人に案内されて三人で歩いた。
なかなか図書館に着かない。遠くて、遠くて変だ、宮沢賢治の童話みたい、
すぐ図書館に着きそうなのに、ぐるーっとまーるく、いつまでも歩く。
私はなんだかそれを不思議におもったけれど、
「遠回りしてるから遠いのよね」
仲良しふたりは、うなづきあって朗らかだ。
おそらくここいらへんのどこか、あっちの棟とこっちの棟に住んで、
ひとりは夫を亡くして独りぐらし。もうひとりはご主人とふたり暮らし。
私たちはみんな同じような年まわりのようだ。
それで世間話としては、いかにこの頃じぶんはボケたかという話になる。
独りの方はパズル三昧であり、こういう人を私は三人も知っている。
パズルおよび川柳投稿は、コロナ下一人ぐらしの老女の流行りである。
でも、おじいさんとおばあさんの夫婦ふたりぐらしだと・・・。
ある日、台所の棚に未開封のヘアスプレーがのっていたのである。
そばには小窓があって、そのスプレーにすぐ手が届く距離。
見覚えのないスプレーは、なぜか三日前からそこにあった。
自分は買わない。主人もヘア―スプレーなんかゼッタイ、髪の毛もないし。
いったいなんで、だれが、わざわざそんなことしたのかしらと気味が悪いし
怖くてかえって捨てられない。
あと二日ぐらい考えてみて、主人に捨ててもらいます、というのである。
窓から誰かが手を入れて爆発させたらと本気で脅えている。
私がはとてもビックリした。
うわあイヤだわ、うす気味わるいわねと、
もうひとりの人がまぎれもなく本気で悲鳴をあげたからである。
「戸締りは? ちゃんと窓に鍵かけたの!?」
「もちろん。うちの小窓はちょっと高いところにあるから主人が」
殺虫剤とヘア―スプレーとか。
なにかと間違えて、ということとはちがうという。
だれが、こんなに平和そう親切そうな人を脅かすというのか?
彼女たちは、どうしてそんなに怖いのか。
それとも、いま世の中はそんなに怖いことになっているのだろうか?
見知らぬ誰かが、台所の小窓に手をさしこんスプレーを爆発させる。
そういう漠然とした悪意・・・。