2018年4月4日水曜日

やなせたかしさんの歌


アンパンマンの主題歌は傑作、人間賛歌だと思って胸がいっぱい。
歌なのに聞いたことがなく、文字を目と心で追いかけるだけなのだが。
やなせさんの作品群には、こういう、
黙っているといつまでもいつまでも、追いかけてくる詩が、ある。

しあわせよ
あんまり早くくるな
しあわせよ
いそがずに
カタツムリにのって
ひるねしながら
やってこい

しあわせがきらいなわけじゃないよ
しあわせにあいたいが
いまはまだまだ
つめたい風の中にいよう
熱い涙を
こらえていよう

しあわせよ
あんまり早くくるな
しあわせよ
いそがずに
カタツムリにのって
ひるねしながら
やってこい

やなせさんは、どんなことを考えたのだろう?
兵隊になって? そのあとの人生を生きて?
ながいこと、幸せの到来をすごい勢いで掴まえた人々のただ中にいて? 
漫画家なのに、なかなかそう思われなくて?

幸せは、じかに手にすれば、制御不可能。
そういうことを時々考えてしまう。

おおむかしの一時期、宮崎 駿氏のかたわらで半年間、仕事をした。
宮崎さんはチャーミングでなぜかユーモラス、
鋭くて正確、論理的でありながら公平、愉快な愉快な人だった。
どんな時も好意を持って、べつにファンでもないのに大好きだった。
この形容詞の大群?の中で、何が一番だろうかな。
ユーモラス、かしら。
ユーモラスとは、人間、を語源とするそうだけれど、そんな感じ。
もう本当に、笑い=おかしい=宮崎さん、みたいだった。
やっぱり漫画の畑の人は、こんな風に伝染の素みたいな笑い方をするのかと、
彼が、なんていうと失礼にあたるのかもしれないが、
彼がなにかを言って笑い出すと私は我が意を得たりみたいになるのだった、
別にそう伝えたことはなかったんだけれど。

あのころだって宮崎さんは、すでにしてたいした人だった。
でも、 「となりのトトロ」のあたりだから、立場というものも、台風ぐらい。
やなせさんの詩にもどれば、いかにも素朴でしあわせな。
一番は一番でも、世界を相手にミシミシ音をたてる
巨大きわまりないシン・ゴジラというふうな存在ではまだなかった。

特別という境遇は、どんなに難しい立場かしら。
平凡な普通サイズの私の立場から見れば、
やなせさんも並外れた巨人だから、と考えてみる
しあわせにむかって、こう頼むほど過剰な幸せのことを。


カタツムリにのって 
ひるねしながら やってこい