2019年8月31日土曜日

訃報


夕方、今夜はだれもいない日なので、夕闇迫る頃になって、
コインランドリィで乾燥させた洗濯物の山を抱え、腕にこたえる買い物袋をもち、
家に帰ってきた。すると玄関の前に男の人がいるのである。
かすんでよく見えない眼をこらすと、その人影はしゃがみこんで必死になにかしようとしている。手持ちの荷物やスマホなどをそこらに置き散らかして、メモのようなものを書こうということらしい。白いワイシャツの下の背中や首が、夜目にも汗びっしょりになっている。
暑い暑い夏の一日が、まだ終わろうとしない時刻・・・。
見覚えのない姿に、私はこわごわ声をかけてみた。
「あのう、どちらさまでしょうか?」
すると、むこうもはむこうでビックリして、はじかれたように姿勢を変え、立ち上がり、
距離を置いたまま、「あのう、久保さんでいらっしゃいますか?」ときくのである。  
この夕闇とおなじ、苦しいような湿度を感じさせる声音であり、
はらはらしてしまったような、実直で礼儀正しい物言いであった。
彼は私に、太田友子のつれあいですと名のった。

・・・なぜだか私は、階段の下で荷物を抱えたままの私には、夏の風が伝えてよこしたように、ああ、太田さんは死んだのだと、不意にわかったのだった。