2015年5月25日月曜日

7千円


呼び鈴が鳴ったので、玄関へ出た。
若い人が立っている。紺のスーツを来てクリーニング屋なんですという。
有名な、だれでも知っているクリーニング業界大手の、今日は出張勧誘なのだそう。
どこから来たのですかと聞いたらば、ずいぶん遠くの場所を言う。素直で感じのいい人だ。
初の出張なのでと、30パーセント割り引きしますからと、チラシを手渡される。

急なことで考えが決まらず、10分待ってください、と頼んだ。
ほかのお宅をまわって、それから来てと。

毎日のように詐欺に気をつけろ、だまされるなというアナウンスが、されるわが町。
バスに乗っても、ゴミの減量を図れ、詐欺に気をつけろと、市役所が学校の教頭みたいに
アナウンスしている。警察だかなんだかの車が、毎日、夕方になると、
「子どもを見守れ」であるとか「愉しい街をみんなでつくりましょう」などと、
ベッタリひどい声の大音響を響かせて、緑陰の道を通り過ぎる。

おまえにいわれたくない、と思ってしまう。

そんなに詐欺サギ詐欺が、この町を駆け巡っているのだろうか?
そうだとしても、それは、我が国の雇用のあり方が絶望的に不公平だからではないだろうか。
政治の不当を、国会も政府も裁判所も、どこかの小川のセセラギみたいなもんだと無視して、
気をつけろ、だまされるぞと、危機感をあおる。アナウンスの声ばかりを増やして大きくする。
そうするとごくふつうに信頼感がなくなっていく。
私たちが人生から学んだはずの庶民的な判断力を、おいそれと使うことができない。
むかしはクリーニング屋をホンモノかどうかなんて考えたこともなかった。

10分が過ぎて、冬物のオーバーやらなんやらをたくさん取りまとめ、
私は勧誘の若者を待ち、衣類を渡し、受領書を受け取った。
相当数あったのに料金はぜんぶで7千円だった。割引率がすごかったせいだ。
この7千円が、ショックだった。
一時停止を怠ったと警察につかまって、払う罰金と同額だったからである。

あのとき警官は3人ひと組で待ちかまえて、ひとりは物陰に隠れていたのである。
私は身に覚えがないと抗議したが、聞きいれられず、
わずか1分か 30秒ぐらいの「時間」ミス?に、7千円を支払うことになった。
自分で試してみるがいい。
二車線の道路に小道から出て行くとき、
ノンストップで左折し、すぐの信号に従って右折できるかどうか。
私が前を行く車に続いて止まらず「一時停止」を怠ったと警官はいうが、
そんな危ないことができるかどうか、パトカーでやってみればいい。

クリーニング屋さんは、何枚もの洋服をあつかい、何人もが働いて7千円にしかならない。

警察はなぜこんなことで7千円を稼げるのだろう?
「このお金はどこへ行くのですか」
警官にきくと、自分たちのふところには入りませんとリーダー格が断言。
ああそう。じゃらじゃらじゃらと、どこかの税金の倉庫へ行くわけでしょうね、きっと。
なんでこんな 隠れたりして卑怯なことをするのかと聞けば、危険だからという。
罰金を安くするとみなさんが注意を怠るからという。
隠れてはいませんと、身に覚えのある顔で、断言だけはする。
ほかの若いふたりはベンキョウになるらしく、だまって立っているだけだ。
  
運転しているニンゲンは、日常いのち懸けだ、罰金の高によって緊張したりしないものだ。

でも、そういう考えは鼻先でニヤニヤと無視される。
「確かに ノルマがあって、摘発する数があんまり少ないと、おまえらナニやってんだと、
そういう注意は受けますけど、べつに強制されてるわけではありませんから」
と警官は言った。

こんな理屈でカネを稼ぎ国庫を潤すなんて。