2015年5月12日火曜日

リニューアル


沖縄からもどったころ、ふらふらになった。
あたりの景色がふわふわと、ゆっくり回る。
お花見のころ、がまんができず横になってしまった。

そのあいだにも、いろいろなことがあった。
私の家での木下さんの「たったひとりの朗読の会」は、大成功だった気がしている。
わが愛する団地の人々が10人もきてくださったのだし、朗読サークルの萱野さんと中さんが、
力持ちをやりに参加してくれた。なにしろ車椅子を階段からおろし、上げるのである。
私たちみたいな年寄がそんなことをしようものなら、何日も立ち直れない。
木下さんが喜んだのは、「みんなが待っていてちゃんと運んでもらった」ということだった。
私は胸をうたれてしまった。そうなのかー。
団地って基本的に同じサイズだから、私の家も木下さんの家も、たいして変わらない。
木下さんは安心していた。それもよかったと思う。
だれにとっても安心ほどよいものはないと思う。
川上さんが手書きの「病歴」をつくって、みんなに配った。
川上さんは私なんかよりずっと前から、朗読で木下さんと、お付き合いしているのである。
後藤さんがたててくださる特別仕立ての珈琲をみんなでゆっくり飲みながら、
渡された病歴を読めば、ものすごい難病。
鶴三会で木下さんと俳句つながりの人たちが、じーっとそれを読んでいた。
心配はしていたけれど、手の出しようもない、そういうしみじみとした思いが
すこし解消できた二時間半だった。

木下さんの人並み優れた勇気と努力が輝いた日だった。
萱野さんが、私たちの朗読発表会に出演してもらえないかしらと、あれからずっと言っている。
それほど木下さんの朗読は木下さんらしいものだった。
知的でユーモラス、
ちょっとやそっとでは真似できそうもない理解力でもって、輝いていたのだ。