2018年9月24日月曜日

世界一まずいクッキイ


ピンポーン、とベルが鳴る。

3時半ごろだった。
玄関の扉を開けると、顔見知りの少女がたっていて、
お母さんがいないので、鍵をもってないから、家に入れません、
電話を掛けさせてください、と丁寧に言う。
ちょっと心細い可愛い顔が、どこからどこまでモハン的である。
「あがっていいですか」
「もちろん、いいわよ」
小学3年生と話ができるなんて、うれしいことだ。
女の子はお母さんに電話をかけている。
その時、
家には、なんにもなかった。

そとは小雨の降る寒い日。
うちで待っていらっしゃい、というと、
遠慮のかたまりみたいな 、おとなしい顔が、
大丈夫です、お母さんが帰ってくるまで、外でまちます、という。
そうだ、アイスキャンデイならあったと
私は、椅子にそっと腰かけた少女に、ブルーのアイスキャンデイをだす。
お皿からはみ出さないように、女の子は、行儀よくキャンデイを食べた。
なんだか、寒そう。
ええと、と私は言った。

うちって、今、なんにもないのよ。
あなたになにかおいしいものを食べてもらいたいんだけど。
あのねぇ私、昨日からさがしているものがあるの、でもそれ、見つからないの。
どうしても見つからないのよ。いまいましいけど、あなたが来てからも
探したんだけど、どっかに行っちゃったの。
「あの、いいです、だいじょうぶです」
「よくないわよぉ、だってそれ、世界一、おいしいチョコレートなのよ」
礼儀正しい女の子の極致みたいな少女と、
世界のとんでもない向こうからきたみたいな、おばあさんの私だ・・・。

「ところがね、世界一まずいクッキイならあるの、ロシアからの
おみやげなんだって。いただいたんだけど、ほんとうにまずいのよ。
世界一まずいってわかる?」
うん、と賢そうな大きな瞳で、彼女はいった。
「お父さんがドイツに行って。ドイツにはまずいおみやげしかなかったって。
そのおみやげは、ほんとうにまずかったから。」
北欧の話になった。
彼女の一家はデンマークに住んだことがあり、私はフィンランドに2週間行った
ことが あって、そこも、食べ物はいまいちだったかな、みたいな。

私はお皿にコロンとひとつ世界一まずいクッキイをおいた。
「このあいだ、食べたんだけどね、世界一まずいはずよ」
彼女は、おとなしく、たしかに世界一まずいかも、という顔で、
ゆっくりと礼儀ただしく、クッキイを食べた。
お母さんはなかなか帰らない。
でもやっぱり、そのうちちゃんと、帰ってきた。

あとできいたら、世界一まずいクッキイを食べた、とふきだして話したそうで。
まじめなまじめな顔をしていたけど、自分の家だとのびのび笑うのね。