2013年9月15日日曜日

彼はなにを思ったのだろう?


彼は何を思ったのだろう
マンモスな団地の、公団住宅の意地悪な12階のマドから
彼は何を見たのだろう

たったひとりで

体が破壊するにまかせ
食べるものを調理できず、掃除もできず
だれにもかまわれず
どうすることもできず
死んだ母親の
ぼろぼろになった布団を敷いた
ベッドに寝て

コンクリートのヴェランダの外は、
ひろびろとした空の下にひろがる横浜の大空間
空虚で涼やかな秋が
灼熱の大気にまぎれこんで
地平線のぎざぎざのかなたには
港らしいものが見えると娘が私に言う・・・

彼があの港をだれかに見せたくても
だれかにこの無意味な美景をおしえたくても
そういう用意はしたのだろうに
こだまひとつもかえらなかった何百日か

12階のヴェランダはあまりにも高く
飛び降りて死のうにも
びゅうびゅう風がゆくのだし
こんな光景がまばゆくどこまでも広がるばかりだから
倒れた壁画のような美しくもおぞましい地上めがけて
ニンゲンの人生によく似たそこに
そこに身を投げるなんて
とてもできなかったろう

彼はいったい
なにを、どう
考えたのだろう
まだ元気な日、歩けなくなった日、起きられなくなってから、

こんな
地獄によく似た景色を売り物にする
一年契約の公団刑務所住宅をわれにもあらず選んだあとで