2013年9月8日日曜日

遥の帰国


遥に一時帰国するよう頼んだ。

オランダに住んでいるので、めったに会えない娘だ。
いままで帰ってきて、と私から頼んだことはない。
親孝行な子だが、外国は遠くて、
私にもこの娘にも、行き来の自由がそんなにはなかった。
あっちへ行ったり、こっちへ来たり、
なにか、どっちかにおカネができた時。
(そんな時はめったにない)
でも今回は言うとすぐに来てくれた。
どうやら外国に根付いて実力を発揮しだしたのだ。

ロシアは遠くて。
オランダも遠くて。
それでも、ひとりの子どもがはるかな土地に住んだので、
運命によって、私もそこに出かけ、少しのあいだそこに滞在した。
遥のおかげでよい旅ができたのである。

子どもたちの父親と離婚したときから長い時がながれた。
指折りかぞえてみると、20年ちかくにもなる勘定だ・・・。
別れた夫は、母親とのふたり暮らしがおわり、マンモス公団に入居、
あげく病気をこじらせて緊急入院。
今年の3月末のことである。

来るときがきたなあと思うことになった。

以来、入院先のケース・ワーカー、市役所、不動産屋、保健所、各老人ホーム、
友人たちに相談にのってもらいながら、
なんとか今後の彼の落ち着く先をさがそう、考えようとしてきた。
息子たちとは直接、外国にいる娘とはスカイプやケイタイ電話で相談した。
どんなに考えても、もう一度ひとり暮らしという未来に幸福はない。
ひとりで死ぬことになってしまうと思う。

かといって、同居可能な家族などいない。

誰かがなんとかしなければ、どう考えても彼は破滅するのだ。
個人的に破滅する人の多い日本である。
毎年の自殺者が3万人以上いる国。
友人が言うには、5年ごとに地方都市がひとつ消滅する勘定だという。
戦争よりひどい、となにかの本にも記述があった。

破滅。
老人になれば、ヒトは人間という種族から厄介ものという種に転落する。
入院もままならない。ひとり暮らしを受け入れるアパートは見つからない。
病院や施設を紹介してくれようという保健所も市役所も、けっきょく無いのである。
それは、ほんとうに苦しい、無残な結末だ。
オリンピック招致に約1000億円の経費をつぎ込む国で、
なんでこんなことが、と思う。
こんなことばかりまかり通るわけはない、とも思う。

それでがんばってみることにしたのである。
努力の余地が日本にはまだあるだろうと思うことにしたのである。
半年がたって、やっと彼が自立型の軽費老人ホームに入居できることになった。
針の穴をくぐりぬけるように難しいことだったけれど、本当によかった。

私が遥に帰ってきて手伝って頂戴とたのんだのは、
そうしてもらわなければ、もう、にっちもさっちもいかないからである。

それに、いま家族の努力の輪の中に入っておかなければ、
遠くにいる娘はどうなるというのだ。
遠くにいるヒトは、ますます遠のいて、存在感をなくしてしまうだろう。
こんなおそろしい世の中で、家族とは名ばかりのものと考えるに到るなんて、
それはダメだ。
留学以来、しかたなく仲間はずれを続けてしまったけれど、
それは寂しいことではないか、当の遥にとっても私たちみんなにとっても。

遥はたちまち飛行機を予約。先月27日に帰って、
集中的に父親の引越しにともなう雑事を肩代わりしはじめた。
ありがたいことに仕事の切れ目でタイミングもよかったのだ。
彼女の一ヶ月の滞在は、灰色めいた用事で埋め尽くされているけれど、
・・・私たちは、ひさしぶりに家族的生活をして、まーそれはそれ。
ケッコウ面白くて愉しいことである。