2020年10月22日木曜日

病後

10月が終わろうとしている。
9月からずっと病気で、それがめずらしい。
毎年のことだけれど、古典的な「神経痛」になって、なおらない。
ピリピリと痛みが胸から下を走り回るのは、何年にもわたって経験してきたが、
痛くてがまんができず、今回はバッファリンをまるヒト箱、一週間で服用。
そうしたら、神経痛は痛くなくても、食欲がゼロ状態に。
舌が、味覚もなにもなくなり、お手上げになった。
たぶん41キロになったんじゃないの。
むかし57キロあったこともある私なのに。

こうなると、だんだん気持ちがオーバーになってお手上げだ。
死ぬかも、と思った。77才なんだし41キロだし。

ところが、こうなって気がつくと、私の周りは病人だらけの高齢者だらけ。
医者通いだってみんなが来る日も来る日も、という感じである。
身体だけじゃなくて、精神科にクスリをもらいに行く人だってけっこう多い。

つまり神経痛で死んだという話はきいたことないと、けっこうみんなが
言わないけど思っている。みんなのほうが、よっぽど大変なのだ。
こういう環境といいますか、多摩市の私たちみんなの現状が、
どういうわけか、気がつけば、温かくきっぱり私をかこんでくれていて、
雨ばっかり降って天気最悪、コロナコロナと世界中が騒いでいるというのに、
やっぱりコロナにもならず神経痛からも回復した。
うれしいじゃないですか。

毎日、痛い痛いと思って、バッファリンづけ、食べられないし、
ヨコになって眠ってばかりだというのに、団地が13年ごとの大行事に突入。
13年目の大規模修繕工事だとかいって、順番に住居が黒網をかぶる。
問答無用の約束だから、
家屋の周りにびっしり置き放題にした、13年分の花やら植木鉢やらを、
期日までにどけなきゃならない。
仕方がないからかたづけたけど、
まあ、すごい1か月だった。