2013年4月7日日曜日

ひでこちゃん


やっと「むかしの話」ということになったけれど、
夫と別居してから5年後に離婚成立。
当時子どもは19才、17才、11才で親権と養育権は私である。
私たちは私の実家に住み、夫は自分の実家にもどった。
義妹がやさしい人で、姑に離婚話をする時、私はいっしょに行ってもらった。
それがひでこちゃん。

ひでこちゃんは4人兄妹の次女で、姉、兄、妹にはさまれて、
いかにも次女らしい人格の、そう、なんと形容すればよいのか、
亡くなった姑の美質をいちばんよく受け継いだ人、というふうに思う。
けなげ、どんな時もチャーミング。
夫と別居して2年後に私の継母が死んだとき、
うちに泊まりこんで葬儀の手伝いをしてくれたのもひでこちゃんだった。

あの自宅での葬儀の日。
姑だって気持ちは複雑だったろうに、別居中の夫といっしょに来てくれて、
すすめられるままにくつろいだ様子でソファに腰を掛け、
式の段取りで忙しく、葬儀屋さんはじめ出入りの人も多いし、
当方の従姉親類夫も興奮気味にごったがえす、その有様をはた目に、
「これはいいお鮨ねえ」
お茶をゆっくり飲んで、食物もおいしそうに口に運んでくれて、
「船頭多くして、だとまあ・・・こういうときはかえって大変なんですよね」
べつに船頭たちのじゃまはしない、にこにこ傍観というか・・・。
マトを正確に射てるし、まあそれなりに小さくはない声だし、なんかこう、
私は吹き出してしまった。
手伝いにきてくれた友達がみんな、あの方がお姑さんだなんていいわねえ、と言った。
・・・そうなのよ、たぶんもうすぐ、お姑さんじゃなくなっちゃうんだけど。

離婚って苦しいものだ。
あの姑(はは)とひでこちゃん(義妹)と。
ふたりがいてくれなかったら、私の離婚は苦しいだけのものになっただろう。

月日がたってこの姑が亡くなると、夫は独り暮らしになり、そして数年、
独りが破綻する日がきたのである。

ひでこちゃんから久しぶりに電話がかかって、私はうれしかった。
でもそれは、兄さんから助けてくれと電話があって、という内容の電話だった。
ふたりで話をしながら、じわじわと心を衝たれ、
離婚に終わったけれど、結婚したことはよかったと、私はもう一度思った。
私の結婚のなかには、彼の側の家族もいて・・・。
ひでこちゃんは、だれに言われたわけでもなく、頼まれたわけでもないのに、
「兄さんが独居老人として野垂れ死ぬのは耐えられない」という立場を
ただひとりで引き受けてくれている・・・。
自分だって肺気腫なのに。ご主人も入院中なのに。
彼女は、私や私の子どもたちを少しでも当てにできるとは思っていない。
それで当然と、うらむふうでもない。
そんなことは期待できないと思っていたのだろう。

私のほうはどうか。
離婚後、独りになってしまった相手の老後について、
彼のお姉さんや妹をあてにできると考えたことはない。
父親であれば、その親の老後は子どもたちの責任になってしまうと思っていた。
ただもうふた親それぞれの不徳が子に報い、という感じである。
人情というより日本カミフウセン。政治はもとより、家族親類、兄弟姉妹など、
多くの場合、知らん顔をしてすますのがこの世の常ではないか。
考えるのを先にのばして、先延ばしして、けっきょくのところ「人情紙風船」だという、
そういう暗黙の社会的?疑問だらけの現状認識・・・を、しかし、
具体的にどうにかしなければならない時が、私たちにもついにきたのだった。

ひでこちゃんと病院のケースワーカーに会いに行き、
相談にのってもらい、今後の体制の下敷きをつくることになった。
病院とのパイプになってくれたのは、誰が見てもカンジのいい彼女である。
オランダにいる娘と、仕事から離れるわけにいかない息子たちが相談したけど、
スカイプとかスマホとか、なんて便利なものなんだろう、タダで話ができちゃう。
私とひでこちゃんだけが時代遅れで通話が有料なのである。

4月4日。
長男と二男に仕事を休んでもらい、
クルマを運転してひでこちゃんを迎えに行った。
彼の入院先で、医師、ケースワーカー、本人、妹、息子ふたりの6人が
今後について話合いをするという約束である。
会合は2時間。病院側も丁寧な応対であったときいた。
「できることはなんでもさせてもらいますが、私は絶対に彼には会いません。」
なんのために苦労して離婚したのかわからなくなる。
私自身はそう断言して、ケースワーカーの了解を得たのである。

「ひでこおばちゃんっていいねえ。」
談合?がおわって、みんなをクルマで迎えに行った私に二男が言う。
えらいよねえ。お父さんの冗談にも笑うんだよなー。
チャーミングだ。ホントウに心がきれいな人なんだね。

散々迷惑をかけられても、相手が冗談を言えば笑ってあげる。
そういうところなんか、たぶん、彼女はほんとうに亡き姑に似たのだろう。
うらやましいのかうらやましくないのか、よくわからない。
私ならば、このさい冗談なんか言われたら、ニコリともしなくって、
ジョーダンじゃないわよといいかげん無表情になっちゃうと思うもんねー。