2012年3月13日火曜日

私の夢など


知らない町を歩いた。蕨ーわらびという町である。
ディエゴがタイタイのスタジオで録音する。
私はタイタイのスタジオが見たくてその町までいったんだけど、
思いがけなく、そこで夢のひとつがかなったのである。
私の夢は、ばくぜんとしてとても小さい。
童話や本を読んでひっかっかたモノを見たりしたいのである。
しらべもしないんだけど、
たとえばルバーブという植物、ニワトコの木、わらいカワセミという鳥・・・・。

よく、童話だとか仏蘭西や巴里に留学した人の本に、
「勾配がおそろしく急で、ころがり落ちそうな狭い階段」
というのが出てくる。
そういう本の主人公はみんな貧乏で、屋根裏に住むのである。
でもタイタイは屋根裏ではなく、
色があるようで無い夢で迷い込んだみたいなカフェの、上の二階にいた。
建てた人はそこをバーにするつもりだったのだろう、
タイタイのスタジオには、カウンターがあった。
そして、スタジオに行こうという人はみんな、
勾配がおそろしく急でころがり落ちそうな狭い階段、を昇るのである!

勾配が急でころがり落ちそうな階段は、一段がすごく浅くてしかも狭かった。
仏蘭西とか露西亜なら、たぶんよじ登るという感じなのだろう一段が、
蕨ーわらびというと、こまかく三段になるのかもしれない。
とにかく、のぼる時もおりる時も、落っこちて首の骨をおるかという、
本で読んだ通りの危険を感じたからおかしい。
私はそこで、もってきた本を終日読んでいた。
それは録音という作業にカンケイのない私にピッタリの本だった。


「 わたしの夢は家を建てることでした。映画のお金で家は何軒か建てまし
たが、建築家として作ったのではありません。自分の理想の家を建てるとき
には、エッフェル技師の助けを借りたいと思っていました。まずは鉄骨を組み
塔を建てます。中にエレベーターを通して、天辺には飛行船を係留するのです。
これが、私の考えた家です。飛行船は風向きによって向きをかえますから、
北を向いて眠りについたかと思うと、南に向いて目がさめる。すばらしいでは
ありませんか。残念ながらエッフェル技師はもうこの世にはおらず、理想の家
も夢に終わってしまいました。 」

《マルチェロ・マストロヤンニ自伝》
小学館


エッフェル技師とは巴里のエッフェル塔を建てた人である。
詩とか、音楽とか、録音とか、歌うとか、
そういう作業のわきにいるには、まことに都合のよい本ではないか。

それから私は知らない町をひとりで歩いた。
空気がさわやかでがらんとした町だった。
四角い疲れた駅舎は、背後の空に、そのとき真っ白い原爆型の雲をおき、
そのもっと上空には、エクレアみたいな横長の白雲があった。
パン屋さんの前の原発反対の署名運動。
歩いている人たちは、パラパラと、なんだかちょっと楽しい顔だった。
ところどころに、いかにも入ってみたい酒場が散らばっている町で、
そのひとつに飲むわけじゃないけど、ふらふら入ったら、
赤い幟(のぼり)に赤い炭酸酒の宣伝の言葉、
「空気なんか読まなくていいよ」
カウンターにはあれやこれや芸品曰くありげ?な酒壜がドンと立っていて、
料理も人も、とても親切で、安いのである。