2013年5月27日月曜日

小島 力さんの詩


帰れない朝
  武蔵野市・都営アパートで

まだ覚めやらぬうつつの中で
今朝は伸び始めたじゃが薯の芽に
霜除けの土寄せをしようか
しとどに朝露を浴びた
さやえんどうの緑を摘もうかと
もしかしたらもう帰れないかもしれない
福島の日常をまさぐっている
次第に目覚めてゆく知覚が
仮の住まいの支給された布団の
感触を伝えているのに
日々遠のいてゆく福島の朝を
まだ手さぐりしている

都営住宅のヴェランダに立てば
団地の空は
今日も薄日の高曇り
新緑の銀杏並木の梢を越えて
遠い潮騒のような都会の朝の騒音が
伝わってくるので
まだ住み慣れない町の暮らしが
速すぎる秒針みたいに
進み始める

阿武隈の山ひだにへばりついた村々や
原発の足元にうずくまる町々が
ワイパーで水滴をはじき飛ばすように
たった一晩でリセットされた
あの日
眼に見えない恐怖に追われた
避難先たらいまわしの
暗夜の記憶

だからもう
決して帰れないかもしれない
福島の朝は
草木にも道にも田畑にも
ふるさとの風物のすべてに
セシウムやヨウ素が
霜のようにびっしりと凍りつき
放射能という醜悪な武力で
占拠され 蹂躙された
ふるさとである

(西田書店)