2017年9月18日月曜日

電話


橋本さんと電話でお話をした。
今から40年ぐらい前に、書く仕事を与えて下さった編集者である。
私はその時、幼年童話を生まれて初めてひとつ書いたばかりだった。
400字×45枚。

ルポルタージュって、おとなの本ですよね?と確かめた。
そうです、と橋本さんは言った。
大人の本って何枚書くものなんですか? と聞くと、
まあ、400字だと450枚ぐらい、ですか。
400字で?! そんなあ!

私は度胆をぬかれて、できませんと言った。
私、45枚しか書いたことがない人間ですから。
それだってマグレだし。
いやいやいや、と橋本さんはおだやかに笑うばかりで、
書ける人かどうかは、短いものを読んでも判断がつくものです、と言った。

小さい時から知っている人である。
父の知り合い。目上なのに、子どものころからでついタメ口。
たぶん有名な編集者。中央公論から移って、現代史出版会の編集長だって。
げんだいしってなんだか、読むだけでも大変そう。
私はがんばって書いたけど、3年もかかってしまった。

出版から35年の時間が流れて、橋本さんは90才になられた。
私だって75才になりそうだ。
今でも、私、質問する人、橋本さん、答える人。
向こうは大インテリなんだし、だから、その関係は変化しない。
つい、質問してしまう。

「私の友人が、たとえ自分の国が崩壊しても戦争はしない、と考えないと、
戦争は世界からなくならない、と云いましたけど、
橋本さんも、同じお考えですか」
電話の向こうから、重みのある究極の返答がもどってくる。
質問の意味を受け止める少しだけの間があって、橋本さんは私にこう答えた。

「ええ、そうです、ね。」