My Mother said that I never should play with the gypsies in the wood, The wood was dark; the grass was green; In came Sally with a tambourine. I went to the sea-no ship to get across; I paid ten shillings for a blind white horse; I up on his back and was off in a crack, Sally tell my Mother I shall never come back. -Songs of Mother Goose-
2012年2月29日水曜日
文字化けのような一日 (弐)
じゃんじゃん裏道をクルマで走り、途中コンビニで履歴書と糊(のり)を買う。
写真を貼り付けるのは簡単、履歴を書くのが重荷。
あっちでもこっちでも働いたから、いっぱい書かなきゃならない。
そういう人生に言いわけがましい気持ちになって、げんなり。
私ってなんでこうもハンパでまとまらないもんだか。
でもそう思うそばから、こうも思う。
そりゃそうだけど、こうなったら書類だけでもどうにかして作ってやる!
一日で提出できたらおもしろいじゃないの。!
まあ習い性、私はずっとこうやって世渡りをしてきたわけである。
歯科医院に着く。
午前中いっぱい、懇切丁寧な(!)治療を受ける。
治療中は割り切ることにしてのんびり眠ってしまったら、
「もしかして、睡眠時無呼吸症ではありませんか?」
と先生が。ふつうは眠らないよ、と。
「睡眠してる時、夜中に呼吸してますか?」
わかるわけないじゃないですか
親切で人格者の先生にそんなこと言えるわけないけど、言いそうになる!
ああ書類、書類、書類。
夜中、熟睡してるのに、アッ息を止めたなと自分でわかる人がいるもんか。
と思ったらもうすこしで噴き出すところだった。
一時。みちゃんが来た!
長男のパン屋でパンだのサンドイッチだのを買って、踏み切りむこうの
《あくび》へ行こうと、それが前もっての約束である。
《あくび》は高級珈琲屋で、「持ち込み可」なのがめずらしい。カップもステキ。
でも今はそんなことにかまっちゃいられない。
「お金はあとで払いにくるから!」
私はサンドイッチなどをひっつかむ。
とにかく珈琲屋へ行って、書類を作らなきゃ、食べたら書かなきゃ、
締め切りが五時なのよ、自分で持って行かなきゃだめなんだって、などと連呼、
なんにもわかってないみっちゃんを引きずって、踏み切りを渡る。
おとなしいみっちゃんは、どうしたの、またなにが起きたの、とおかしそうだ。
「私さあ、手伝ってもらわなきゃ間に合わないのよ!」
みっちゃんって私の天使で、こういう時ぜったいアテにできる人なのだ。
どんなにあきれかえったって反対しない。なにをしたらいいの?とたずねてくれる。
あーっ写真切り抜くハサミがない、ないと騒げば、自分のバッグを持ち上げ、
「これでだいじょうぶかしら?」
彼女は裁縫用小物入れから品のよい小さなハサミをとりだすのだ。
「切れるかしら、これでも?」
首をかしげ、そろそろと写真を切り取り、履歴書に糊で貼り付けてくれる。
「みっちゃん、あなたと私は同い年よ、私たち、いつ小学校に入学したっけ!」
そうすると、昭和よね西暦はダメかもと、みっちゃんは慎重に細い指を折り、
今度は小学校から大学卒業までの年度勘定をしてくれる。
小論文もその調子、履歴書を書きなぐって忙しい私が、
「けさ書いたの読んでみて。ヘンだったら直すか私に教えるかして!」
すると彼女は、またもきれいなバッグの中から、はいはいはいと、
花模様の刺繍の眼鏡ケースをとりだし、ゆっくりとかけ、
「・・・・うーん、いいんじゃない、しょうがないよね、四百字じゃ」
遠慮がち。この人の辞書には否定がないのだ。
でも、私はそうはいかない、性質もちがう。
えーっ、とびっくり仰天してしまう。
「四百字じゃないわよ、八百字のはずよ?!」
「だってこの原稿、四百字しかないわよ、つんちゃん」
みっちゃんはクスクス笑い出す。
「ああ、だからこれ筋書きだけだったんだー、おかしいと思ったあ、ははは」
私ときたらば、二百字の原稿用紙を四百字用とサッカクしちゃったのである。
「つんちゃんらしいわよねー あははは」
じょうだんじゃないわよ。
珈琲屋のテーブルのごちゃごちゃの中から新しい原稿用紙を私はさがして、
四百字を八百字に水まし。時計を見るともう二時四十三分。
「ヘンなとこないか、私が書いたら見て、すぐ清書するから!」
「えー、今からで間に合うかしらあ?」
のどかな声のみっちゃんは、バッグから赤い皮のペンケースを出す。
鉛筆をかまえて、せっせとなおしてくれようとするのである。
心理学の講座で勉強してたから、すずしい顔ですいっと直せるわけなのだ。
ぜんぶ書きおわったら四時だった。クルマは上北沢の駅ちかくにとめてある。
提出したのが五時十五分。
天使のみッちゃんは、ため息をついて笑うと、うら声で言った。
「あーあ、おもしろかった!」
「うん、そうねー。《あくび》のカフェオレもおいしかったしねー」
とかなんとか私も言っちゃった。
2012年2月27日月曜日
文字ばけのような一日 (壱)
その前の晩、ファクシミリで、
試験をうけてごらん、という募集要項が送られてきた。
応募の締め切りが明日、本人がその事業所まで書類一式を届けなきゃいけない。
何時に行くの? 午後五時だそうで、遅れるなって。
八百字以内で小論文を書き、履歴書には写真を貼り、履歴はもちろん書くのだ。
返信用封筒には宛先とそれから八十円切手が要る。
できっこないでしょ。
だってあしたは、午前中、歯の治療なのだ。
午後一時にみっちゃんと上北沢で会う約束もしている。
「今晩、論文チャチャッと書けませんか?」とすすめてもらったけど、
朗読の会がおわって、あれもケッコウくたびれる、私もうダメという感じ。
「今日はもう寝る」とか言って、デンキを消して、寝てしまった。
つぎの日の朝早く、五時ごろ目がさめ、なんとなくやる気に。
どっかにあるはずの原稿用紙をがさがさとさがす。
パソコンはダメ、うちの印刷機がイカレているので、手書きするしかない。
書いたら、なんとか書いたら原稿用紙二枚だから、なんとか書けてしまった。
合格はしないかもしれないが、参加することに意義がある的な気になってきた。
履歴書なんか無い、買わなくちゃならない、書くのがめんどくさい、出来ないかも。
と思いながら、切手はあったから封筒に宛名と住所。写真もないにきまっているけど、
古いのがあるから古い免許証用の写真を用意。だめでも知るもんか、みたいな。
ハサミ。修正液、筆記用具。茶封筒あれこれ。糊(のり)がない、ない、ない。
朝食の用意をし、片付けもおわり、
あれこれ、手さげにいれながら、仕事に出かける息子に
「どう思う?」
ときいてみた。そんな仕事やめたほうがいい、でも応募はやるだけやれば、だって。
返事になってないから決心もつかないが、こうなると不思議に中止はできない。
マラソンずきって、こんな感じなのかなー。
私は歯医者に出かける。
クルマで一時間以上かかる。
予約を断ればいいけど、当日の朝だから、わるくってそんな事はできない。
みっちゃんとも約束したんだし、せっかくだから会いたい。
第一もうこうなると、断る時間が惜しいというか。
空を見ると雲がある。なんだかわかんないような雲だ。
自動車道は渋滞とはいかないが混んでる。
ざわざわと気持ちが動く。
気色がわるい。
2012年2月26日日曜日
朗読の教室
今回の朗読の会は、参加者の作品の選択がよかった。
初めての参加で見ているだけ、朗読はしなかった二人が、
ヒトの朗読をきくのって本当におもしろいですね、と言ったのがおもしろい。
朗読冥利?に尽きる感想ではないか。
誰だって黙ってきいているばかりじゃ、あんまりおもしろくないはずだ。
稽古事の見学というと、なおさら退屈なのではないか。
ところがである。
今回は、物語を味わい、クスクス、ハハハと聴く人が笑いどおし。
こういう幸福なことって、まあめったには起こらない。
まぐれの大当たり。読み手と物語の相性がピッタリだったのだ。
笑うって文句なく楽しい。
朗読するほうだって、聴くほうだって楽しい。
私たちは笑うとトクをしたような気になってしまう。
まぐれなんでしょ、なんてあなどってはいけない。
まぐれ当たりには、神さまがついているのだ、芸術の。
まぐれも幸運も、才能のうち。
わーいツキがきた、当たりでよかった、と解釈してほしい。
相性のよい作品を見つけるには、しかし知性の手助けが必要だ。
今回はまた、笑うおもしろさと趣きはちがうけれど、
すばらしくユニークな詩と、
昔と今の少年時代の違いがシッカリ浮き彫りになる詩が、選ばれていた。
理屈ぬきの妖怪変化の物語を朗読した人がいたのも、興味深い。
あきてるヒマがない。
黙読するより、声をだして読むほうがずっとおもしろい、という結果。
これも案外なこと、いつもこうとは限らない。
私のところでは、朗読の題材は、よみ手が自分でえらぶ。
感想や質問や思いつきは、会の途中でもどうぞ、
よみ手ときき手は平等で、そのほうが気持ちもらくである。
朗読する作品(五分以内でよめるように)の断片がウチにとどくと、
私はそれらの文章を、朗読を前提に、分析して準備をする。
朗読は黙読とはちがうので。
むかし中学生に国語を教えた。
国語ってなんだと思いますか?
はじめて授業をした時きいたら、
文法、段落にわける、意味しらべ、等々と不機嫌な中学二年生どもが答えた。
漢字、というこたえもあったっけ。
きいてないのに、国語だいっきらーい、と言う。
「そういうと思った」
私がそう言ったら、
「じゃあなあに?」「ほかにあるかよ!」「なんだよ先生?」
国語とはなんであるか。
第一。英語じゃない、ということだ。
英語じゃないとはどういうことか。日本語だということである。
第二。日本語、だぞ、国語は。
国語って、私たちが生きていくための生活のことばなんである、とりあえずは。
というようなわけで、朗読だって、まず第一に、黙読じゃないということだ。
聴いてる人がいる。お客がいる。
聞こえなくちゃいけない。わかってもらわなくちゃならない。
遊びとしては、自分がおもしろくないと聴いてる人も楽しくない。
難しいことはさておき、そうなのだ。
2012年2月22日水曜日
実人生と絵本「いつも だれかが」
幼稚園のお母さんが訪ねてきてくれた。
幼稚園にいるころ、お母さんたちがとてもきれいだと思っていた。
あいさつをされたらそれを思い出した。
私は65才で急に園長になったから、
きれいな人たちの中にポツンといる、それがなかなかのストレスだった。
幼稚園のお母さんのきれいさは、真面目とか素直とか、陽気とか、
悩むけどすぐ気をとりなおすとか、ユーモアを解するとか、
賢いとか、散々なやむとか、落ち込むとか、思い込むとか、
泣くとか笑うとか、なんにもせよ、
そういうすべてが彼女たちの子どものためにある、
愛というものがまだヒネくれていなくてまっすぐなんだという、
幸運そのものがかがやく魅力である。
子どもを生んで育てるという、いわば若ければ当然のことが、
どんな人の人格をも、当然のようにかがやかせるのだ。
いっときのそういう人生の時間。
幸福だろうが不幸だろうが、
そこを出発点にして、
彼女たちは少女時代を清算し、子どもの伴走者になろうとする。
そのありかたは人それぞれだが、しかしどこか似てもいて、
だから、みんなはけっこう自然に協力しあっている。
見ていて気持ちのよいことだった。
人間を信じよう、と思いなおせる風景だった。
いま久しぶりのかがやくような表情をながめながら、
いつもだれかが、と私は思った。
これは絵本で、最近ずっと私の書き物机の上になげだしてあって、
憂鬱になったときの常備薬ふうのものだが、
「いつも だれかが」
ユッタ・バウワー 作・絵 徳間書店
そうだ、いつもだれかが幼稚園にはいてくれて。
見えない手をかしてくれ、見えないまなざしをむけてくれて。
そう、いつもだれかがいてくれたんだと、つくづくなつかしい。
幼稚園はそういう場所だったなあ、と思う。
幼稚園の子どもやお母さんたちを、数々、知っていなければ、
私などには、ヨーロッパ人であるバウワーの描いた天使なんて、
なかなか実在感をもったものになりにくいわけだ、と思い当たる一日・・・・・。
幼稚園にいるころ、お母さんたちがとてもきれいだと思っていた。
あいさつをされたらそれを思い出した。
私は65才で急に園長になったから、
きれいな人たちの中にポツンといる、それがなかなかのストレスだった。
幼稚園のお母さんのきれいさは、真面目とか素直とか、陽気とか、
悩むけどすぐ気をとりなおすとか、ユーモアを解するとか、
賢いとか、散々なやむとか、落ち込むとか、思い込むとか、
泣くとか笑うとか、なんにもせよ、
そういうすべてが彼女たちの子どものためにある、
愛というものがまだヒネくれていなくてまっすぐなんだという、
幸運そのものがかがやく魅力である。
子どもを生んで育てるという、いわば若ければ当然のことが、
どんな人の人格をも、当然のようにかがやかせるのだ。
いっときのそういう人生の時間。
幸福だろうが不幸だろうが、
そこを出発点にして、
彼女たちは少女時代を清算し、子どもの伴走者になろうとする。
そのありかたは人それぞれだが、しかしどこか似てもいて、
だから、みんなはけっこう自然に協力しあっている。
見ていて気持ちのよいことだった。
人間を信じよう、と思いなおせる風景だった。
いま久しぶりのかがやくような表情をながめながら、
いつもだれかが、と私は思った。
これは絵本で、最近ずっと私の書き物机の上になげだしてあって、
憂鬱になったときの常備薬ふうのものだが、
「いつも だれかが」
ユッタ・バウワー 作・絵 徳間書店
そうだ、いつもだれかが幼稚園にはいてくれて。
見えない手をかしてくれ、見えないまなざしをむけてくれて。
そう、いつもだれかがいてくれたんだと、つくづくなつかしい。
幼稚園はそういう場所だったなあ、と思う。
幼稚園の子どもやお母さんたちを、数々、知っていなければ、
私などには、ヨーロッパ人であるバウワーの描いた天使なんて、
なかなか実在感をもったものになりにくいわけだ、と思い当たる一日・・・・・。
2012年2月21日火曜日
川柳、たとえば
板尾創路さんのお父さんは、川柳の人だときいて、
川柳の本をひらく。
さがしたら、うちの本棚に川柳集「わが阪神大震災」があった。
1995年刊行。大和書房。
曽我碌朗
裂けるなら裂けよニッポンさようなら
ろうそくの中に浮いたる妻の貌(かお)
神仏は弱者の順に圧し潰す(おしつぶす)
葦 妙子
揺するなよ原発四十基のあたり
希望あり今朝土割りの蕗のとう
島事美津子
不意打ちに突き上げられる核炸裂か
余震しきりに今何日の何曜日
時実新子
待っていたような気もする地の怒号
天焦げる天は罪なき人好む
ところで私の好きなむかしの川柳をいくつか。
調べたら皆勤だった地味な人 (岩井三窓)
救急車うちの子供はうちにいる (富士野鞍馬)
はくじょうな会社と入社時から思う (岩井三窓)
人類は悲しからずや左派と右派 (麻生路郎)
淡々と生きだんだんと利己主義者 (椙元紋太)
愛されて巡査で終わる桃の村 (摂津明治)
幼な子もそれなりに見るメロドラマ (吉里和郎)
点滴の間いびきの楽天家 (橋本芳久)
などなど。
川柳の本をひらく。
さがしたら、うちの本棚に川柳集「わが阪神大震災」があった。
1995年刊行。大和書房。
曽我碌朗
裂けるなら裂けよニッポンさようなら
ろうそくの中に浮いたる妻の貌(かお)
神仏は弱者の順に圧し潰す(おしつぶす)
葦 妙子
揺するなよ原発四十基のあたり
希望あり今朝土割りの蕗のとう
島事美津子
不意打ちに突き上げられる核炸裂か
余震しきりに今何日の何曜日
時実新子
待っていたような気もする地の怒号
天焦げる天は罪なき人好む
ところで私の好きなむかしの川柳をいくつか。
調べたら皆勤だった地味な人 (岩井三窓)
救急車うちの子供はうちにいる (富士野鞍馬)
はくじょうな会社と入社時から思う (岩井三窓)
人類は悲しからずや左派と右派 (麻生路郎)
淡々と生きだんだんと利己主義者 (椙元紋太)
愛されて巡査で終わる桃の村 (摂津明治)
幼な子もそれなりに見るメロドラマ (吉里和郎)
点滴の間いびきの楽天家 (橋本芳久)
などなど。
2012年2月19日日曜日
板尾創路 月光ノ仮面
「月光ノ仮面」という映画を観た。
板尾創路監督・主演。
板尾創路の顔にものすごく感心した。
自分が演じたい人間の内面を、彼は無表情の「表情」で語る。
その顔は意図を示して余すところなく、無言無表情でいながら鮮明ですさまじい。
「月光ノ仮面」で彼が演じたのは兵隊である。
戦死したはずなのに他人になって帰還した負傷兵である。
その兵隊である板尾創路の姿が、あまりに、
血のにじんだ包帯のまき方といい、軍服のありようといい、ゲートルといい、
なにもかもが「千鳥が淵墓苑」の底から、「英霊でもない兵隊」が浮かび出たようで、
古い行李の底にしまい込んだ戦死者の忘れられた軍服が出てきたようで、
それがあんまりホンモノのようで、
何かほかのことは、例えばストーリーまで、どうでもよくなってしまうのである。
脚本も板尾創路、ノヴェライズも板尾創路。
主演もおなじ板尾創路だ。
この人を全然知らなかったからビックリしたが、吉本興業の漫才師なんだって。
トシはやっと五十才ぐらいだろうか。
いったいどういう人なんだろうと調べたら、お父さんが川柳の板尾岳人。
文人にして社会派自由人の家系。素直にすくすく育つとこうなって。
立派だ。
「月光ノ仮面」という映画はとても古臭い。そういう手法で語られた戦争話。
戦後まもない頃だとこの手の映画はあったし、さんざ観せられたように思う。
しかしそれでいて、昔の映画とは一線を画するものであって、
信じられないものを観た、すごくあきれたという気がしてならないのは、
板尾創路のゾンビみたいな復活の仕方が、圧倒的にまとも純粋であって、
しかも土台の脚本の主張が、右翼的でもなく曖昧でもないからだと思う。
どうだっていいような映画だとはとても思えない。
アメリカ軍基地YOKOTA横町の、落語の寄席小屋。
伝統芸能落語のこの寄席にくるのは笑いたい客ばかり、なんでも笑うのである。
ほとんどすべてを受け入れて、どんなことにも他愛なく笑みくずれるのである。
そこへ、ふらふらっと舞台中央の座布団に上がる記憶喪失の負傷兵。
彼が異様であり、奇妙奇天烈であっても、まだそれは昨日の出来事のうち、
人気ネタ「粗忽長屋」をお経みたくブツブツ呟いているわ、顔面包帯だらけだわで。
これがあの自他共に許した天才落語家「森乃家うさぎ」であってもなくても、
イヤぜひ商売上そうであってほしいし、温情放任適度アバウトな大師匠が、
みとめたんだし、だからまあいいや、どっちでも。
それで映画の後半、浅野忠信「森乃家うさぎ」がもう一人還ってきちゃって、
だからどうなったのか、どういう筋書きなのか。
私はこんがらかっちゃって、なんだかよくわからないで映画館を出たが、
とにかく映画は、寄席に集まる好意的かつお人よし風の日本人全員を、
板尾創路《森乃家ウサギ》が虐殺して終わったのである。
さて、もしもである。
もう一人の《森乃家ウサギ》を、亡き古今亭志ん朝が化けて出て演ってくれたら、
そして森乃家一門の大物師匠役を、亡き柳家小さんが同じく化けて出て演ってくれたら、
これは本当にゾッとするようなすごい映画になって、わかりやすかったろう。
戦争は志ん朝ほどの逸材だってぷいぷい殺したろうし、
日本人はどんな場所でも、こんな事でも、みんなして、わっしょいわっしょいと、
笑ってそれを、なかったごときにしてしまい、
そういう無節操によってけっきょくまた虐殺を招きよせるのである。
板尾創路監督・主演。
板尾創路の顔にものすごく感心した。
自分が演じたい人間の内面を、彼は無表情の「表情」で語る。
その顔は意図を示して余すところなく、無言無表情でいながら鮮明ですさまじい。
「月光ノ仮面」で彼が演じたのは兵隊である。
戦死したはずなのに他人になって帰還した負傷兵である。
その兵隊である板尾創路の姿が、あまりに、
血のにじんだ包帯のまき方といい、軍服のありようといい、ゲートルといい、
なにもかもが「千鳥が淵墓苑」の底から、「英霊でもない兵隊」が浮かび出たようで、
古い行李の底にしまい込んだ戦死者の忘れられた軍服が出てきたようで、
それがあんまりホンモノのようで、
何かほかのことは、例えばストーリーまで、どうでもよくなってしまうのである。
脚本も板尾創路、ノヴェライズも板尾創路。
主演もおなじ板尾創路だ。
この人を全然知らなかったからビックリしたが、吉本興業の漫才師なんだって。
トシはやっと五十才ぐらいだろうか。
いったいどういう人なんだろうと調べたら、お父さんが川柳の板尾岳人。
文人にして社会派自由人の家系。素直にすくすく育つとこうなって。
立派だ。
「月光ノ仮面」という映画はとても古臭い。そういう手法で語られた戦争話。
戦後まもない頃だとこの手の映画はあったし、さんざ観せられたように思う。
しかしそれでいて、昔の映画とは一線を画するものであって、
信じられないものを観た、すごくあきれたという気がしてならないのは、
板尾創路のゾンビみたいな復活の仕方が、圧倒的にまとも純粋であって、
しかも土台の脚本の主張が、右翼的でもなく曖昧でもないからだと思う。
どうだっていいような映画だとはとても思えない。
アメリカ軍基地YOKOTA横町の、落語の寄席小屋。
伝統芸能落語のこの寄席にくるのは笑いたい客ばかり、なんでも笑うのである。
ほとんどすべてを受け入れて、どんなことにも他愛なく笑みくずれるのである。
そこへ、ふらふらっと舞台中央の座布団に上がる記憶喪失の負傷兵。
彼が異様であり、奇妙奇天烈であっても、まだそれは昨日の出来事のうち、
人気ネタ「粗忽長屋」をお経みたくブツブツ呟いているわ、顔面包帯だらけだわで。
これがあの自他共に許した天才落語家「森乃家うさぎ」であってもなくても、
イヤぜひ商売上そうであってほしいし、温情放任適度アバウトな大師匠が、
みとめたんだし、だからまあいいや、どっちでも。
それで映画の後半、浅野忠信「森乃家うさぎ」がもう一人還ってきちゃって、
だからどうなったのか、どういう筋書きなのか。
私はこんがらかっちゃって、なんだかよくわからないで映画館を出たが、
とにかく映画は、寄席に集まる好意的かつお人よし風の日本人全員を、
板尾創路《森乃家ウサギ》が虐殺して終わったのである。
さて、もしもである。
もう一人の《森乃家ウサギ》を、亡き古今亭志ん朝が化けて出て演ってくれたら、
そして森乃家一門の大物師匠役を、亡き柳家小さんが同じく化けて出て演ってくれたら、
これは本当にゾッとするようなすごい映画になって、わかりやすかったろう。
戦争は志ん朝ほどの逸材だってぷいぷい殺したろうし、
日本人はどんな場所でも、こんな事でも、みんなして、わっしょいわっしょいと、
笑ってそれを、なかったごときにしてしまい、
そういう無節操によってけっきょくまた虐殺を招きよせるのである。
2012年2月18日土曜日
幸福 ディエゴの録音
ディエゴが録音をしている。
見に来ていいよと言われて下北沢へ。
防音扉を開けると、録音の機材やドラムセットやなんやかんやでいっぱい。
そのいっぱいの入り口ちかくで、イマさん(ベース)が録音中。
ドラムは先週録音済みなんだとか。
楽器ごとに、べつべつに吹き込む、ぜんぶを?
それをあとでいっしょにするの?
本気のイマさんは笑顔のときも無表情のときも、かしこまっているときも自然。
きっとレコーディング・ディレクターのタイタイが、芸術家だからだろう。
職人は自分の仕事にはすごくきびしい。あるいはすごくきびしそうに見える。
そしてたいていの場合、理解力があっても不必要に意地がわるい。
タイタイはおそらく、敬意をはらわれて、他人をおどかさない。
責任をきちんと分けあってくれて自由にさせる。
そういう感じがスタジオの空気でわかって、気分がいい。
たいしたことだなーと思う。
「こんど聴く時は、カアサンにもイマさんの弾くベースがちゃんとわかるよ」
そうたけしに言われた。
むりかもなー。
わたし、その点じゃ、ちんぷんかんぷんなのよね。
彼女の演奏は
ディエゴでいちばんいいのだとか。
ふうん
ふうん
そうなの
と言いながら
なんにもわかっちゃいないわたしとしてはそこの椅子にこしかけ、
えんりょして、きいているばかりである。
イマさんのベースを弾く音はやわらかくて
どこまでもどこまでも、のびやかにころがっていく。
あたたかみのあるレイン・ドロップ、それがうねうねとうねうねとつづくのである。
金属の楽器って、持ってみるとヒンヤリ固いし、重いものなのに。
これじゃなんだかさっぱりわかんないでしょ、といわれるけど、
音楽をつくる場所にいるのって、それでもとても楽しいことよね。
きらくにして、どこでもすきなところにいていい、と言われたからなおさらね。
人間じゃなくて猫だったらもっとのんびりしたかもしれないなと思う。
タイタイはながくドラムの人だったけど、
いまは、漢字でいえば独立音(オト)管理演算装置家というところか、
姿かたちがまことこの職種にぴったり、
各種機械とおなじく、この音楽のスタジオの簡素な空気に同化して、
おとぎ話のようなことである。
録音のための機材は、すべて彼のものだときいたが、
陽ざしに古いキズあとがうかぶような機械の、
大きかったり、すごく重そうだったり、
そらおそろしい機能をみせるコンピューターもそうだけど、
音を調整し編集するすべてを、彼は自分のクルマで運んでくるのだそうである。
そういう複雑神聖な機械道具が、わたしには、
長男の、あの調整が難しいカマドだとか、
一切合切そろえるのがおそろしく大変なことだったろうパン職人の機械類と
まるで同じもののように思われて、感動だ。
最近じゃめったに見ることができない希望というものを見ている感じ。
・・・ジプシー状態。
だけど馬車じゃなくてクルマ。エレキだし。
どこへでも運んで行けるって、自由でいいなあとうらやましい。
職人にとって技術および道具の獲得は、ひとまず精神と生活の独立をものがたる。
さてその自由と独立に、平等博愛というものがくっつくと、
それはえらく高くついて、ヒトを貧乏のどん底近くに突き落とすが、
博愛と平等がなければ、すがすがしい未来なんかやってこないのだ。
時がすぎてゆく・・・・。
なにかを創って今の今をまともに過ごす。
時は、自分が作り自分が飾り自分が責任をもつものだとしか思えない。
2012年2月13日月曜日
医療の話 マイケル・ムーアの傑作 「sicko」
歯医者さんについて書いたら投書が。
ヒザが痛くて整形外科医院にかよっている人から。
きたない字で読めるでしょうか、とつつましく書いてあって、
言うに言われない気持ちらしく、事実がならべて書いてある。
① まずはじめにあける入り口のドアにドーンと
「支払いのトラブルになるような場合は診察を断ります」
の貼り紙が。
② 次に受付のところに、
「医師と患者は対等ではありません」
の貼り紙が。
③ 待合室の椅子に座り、前を見ると大画面にテロップが。
「節電のため閉院時間ギリギリに来ないで下さい。
一人でも患者さんがいると全室の電気を
つけておかなければなりません!」
横を見たら、横にもおなじテロップが。
でもこのへんでは整形外科はここしかなくて、いつも患者さんは数十人います。
・・・・日本人の底意地悪さには胸をうたれる。
こういう冷淡は、憎しみしかうまないものだ。
この欲ばり。この恩知らず。このしみったれ。みんながそういう感想をもってしまう。
お医者さんの思い上がりって、国家の医療政策を後ろ盾にしているのよね。
マイケル・ムーアというアメリカ人がいる。
「ボーリング・フォー・コロンバイン」でアカデミー賞。
この監督のドキュメンタリー映画 「シッコ sicko」は、
ー「病的」「病んでる」「異常」という意味ー
おもしろくてわっかりやすくて、患者必見の傑作だ。
国家が税金を、医療と教育にどうつぎ込んでいるか、
カナダ、フランス、イギリスと、マイケル本人が巨体を運んで探訪、ニコニコ。
しまいにアメリカの宿敵キューバにまぎれこんじゃって、
貧乏キューバと金持ちアメリカの医療を比較。
ドキュメンタリー映画である。
映画の発端は9・11の時、病気を背負い込んだ現場の消防夫や看護婦が、
その後なんにもかまわれないで破滅していくすがた・・・。
なんとこの映画はアメリカの国民健康保険についての話であって、
支払い不可能なほど高い国民健康保険料、不当に高いクスリ代、高飛車な医療制度、
ああ、お前らは税金を横領してるんだ、と、
陽気な態度のまんま政府をガンガン告発した映画である。
日本のことだけど、国民健康保険(三割負担)をつかって、まあ五分間の診察。
たとえば私が三千円病院窓口で支払うと、あとは税金が七千円を充当。
七千円は現場に登場しないから、医者は患者を「三千円」と思うのではないか。
だけど後で充当される七千円は!?
国民健康保険つまり「税金」が払っているんでしょ?
その税金とはみんなが納め、私も納めたお金のプールでしょ。
病院には、もちろん、あとになるけどちゃんと支払われているのでしょ。
しかも「医療器具が高くて」とかの理由で、医者に優遇税制またも税金の影。
そう考えると、医者って立場的には公僕なんじゃないの。
どこでどうやって傲慢になれるんだか、少なくともふつうの態度を心がけてほしい。
私、どうもよくわかんない。
みんながこんなに不安で明日をも知れない生活をしているのに、
なんでちょっとでも豊かな人が、こんなに底意地が悪いのだろう?
人助けの善良な仕事ができるって、それだけでも幸運なのに。
無意味な一生を送らないですむことって、文字どおり有難いことなのに!
ヒザが痛くて整形外科医院にかよっている人から。
きたない字で読めるでしょうか、とつつましく書いてあって、
言うに言われない気持ちらしく、事実がならべて書いてある。
① まずはじめにあける入り口のドアにドーンと
「支払いのトラブルになるような場合は診察を断ります」
の貼り紙が。
② 次に受付のところに、
「医師と患者は対等ではありません」
の貼り紙が。
③ 待合室の椅子に座り、前を見ると大画面にテロップが。
「節電のため閉院時間ギリギリに来ないで下さい。
一人でも患者さんがいると全室の電気を
つけておかなければなりません!」
横を見たら、横にもおなじテロップが。
でもこのへんでは整形外科はここしかなくて、いつも患者さんは数十人います。
・・・・日本人の底意地悪さには胸をうたれる。
こういう冷淡は、憎しみしかうまないものだ。
この欲ばり。この恩知らず。このしみったれ。みんながそういう感想をもってしまう。
お医者さんの思い上がりって、国家の医療政策を後ろ盾にしているのよね。
マイケル・ムーアというアメリカ人がいる。
「ボーリング・フォー・コロンバイン」でアカデミー賞。
この監督のドキュメンタリー映画 「シッコ sicko」は、
ー「病的」「病んでる」「異常」という意味ー
おもしろくてわっかりやすくて、患者必見の傑作だ。
国家が税金を、医療と教育にどうつぎ込んでいるか、
カナダ、フランス、イギリスと、マイケル本人が巨体を運んで探訪、ニコニコ。
しまいにアメリカの宿敵キューバにまぎれこんじゃって、
貧乏キューバと金持ちアメリカの医療を比較。
ドキュメンタリー映画である。
映画の発端は9・11の時、病気を背負い込んだ現場の消防夫や看護婦が、
その後なんにもかまわれないで破滅していくすがた・・・。
なんとこの映画はアメリカの国民健康保険についての話であって、
支払い不可能なほど高い国民健康保険料、不当に高いクスリ代、高飛車な医療制度、
ああ、お前らは税金を横領してるんだ、と、
陽気な態度のまんま政府をガンガン告発した映画である。
日本のことだけど、国民健康保険(三割負担)をつかって、まあ五分間の診察。
たとえば私が三千円病院窓口で支払うと、あとは税金が七千円を充当。
七千円は現場に登場しないから、医者は患者を「三千円」と思うのではないか。
だけど後で充当される七千円は!?
国民健康保険つまり「税金」が払っているんでしょ?
その税金とはみんなが納め、私も納めたお金のプールでしょ。
病院には、もちろん、あとになるけどちゃんと支払われているのでしょ。
しかも「医療器具が高くて」とかの理由で、医者に優遇税制またも税金の影。
そう考えると、医者って立場的には公僕なんじゃないの。
どこでどうやって傲慢になれるんだか、少なくともふつうの態度を心がけてほしい。
私、どうもよくわかんない。
みんながこんなに不安で明日をも知れない生活をしているのに、
なんでちょっとでも豊かな人が、こんなに底意地が悪いのだろう?
人助けの善良な仕事ができるって、それだけでも幸運なのに。
無意味な一生を送らないですむことって、文字どおり有難いことなのに!
2012年2月7日火曜日
国民投票をめざして
今朝の朝刊で知ったけど、
直接請求を求める署名活動の署名数が、
21万余に届いた!
昨日必要筆数を達成したのである。
「主権者の意思が反映されない政治から、決定権を取り戻すための
直接請求である」 と新聞の一面に書いてあった。
そうだそうだ。
私たちはみんな、死ぬまでは生きていなければならない。
生活を守り、未来を正直な方法で創るために、
自分で考えて生き方をえらんでも罰は当たらないはずなのだ。
署名の期限は2月9日。
どうか30万筆を越えますように。
2012年2月4日土曜日
やさぐれ
ある日のことであるが、調布駅で特急電車に乗りかえた。
優先席の前になんのつもりもなく立って、本を読みはじめたら、
どういうわけか突然、腰かけていた白髪の老女が私に席をゆずろうとする。
「どうぞ!」
彼女のほうが年上のはずなんだけど、相手の考えは明らかにちがう。
いくら私がけっこうですからとお断りしても、決心を変えてくれない。
にこにこと席を立ち、座席横のステンレスの棒につかまってしまうのだ。
「どうぞどうぞ。わたくしはいいんですよ、お座りになってくださいよ」
よくないよー。すわりたくないのよ。
私は彼女をながめる。
白髪の上品な人でやせている、この人はいったい何歳なんだろう?
ええと。そうすると私は、80とか87ぐらいに見えてるわけか?
不幸にも疲労困憊した老女、と私をそう思ってるわけなのね・・・。
ちがわないのかもしれない、だって老女のはしくれだもの、それはもう。
私は腰かけさせてもらう。あんまりがんばって断るのもよろしくないと思うのである。
ドッと老け込んだ気持も当然で、彼女は立っている、私は座っている。
電車はゆれて、もうあと3分もすれば困ったことに明大前に着くのである。
「ご遠慮なくね。わたくしは次の駅で降りますから」 と彼女。
「ご親切に。ほんとうにありがとうございます」 と私。
うーんと。
明大前に着いて私が降りたら、この人、がっかりするだろうなあ。
まわりにいる人がみんな成りゆきに興味をもっているような気がする。
ま、いいや、いい、と私は追いつめられていく。
吉祥寺に行くのをあきらめればすむことなのだ。
そんなにカリカリしなさんな、人間、ゆうずうむげ、がよろしい。
新宿まで座って行くのがとっても楽しいって思いなさいよ。
今日は待ち合わせでもなんでもない。
買い物をやめても死なないし、やめればお金もかからないじゃないの。
ゆずってくれた人に悪くって席が立てない私は、内心歯をくいしばり、
終点の新宿まで乗って行きましょうよ、と自分で自分を説得、
しょうがないじゃない、明大前じゃなければ新宿なのよ、特急なんだから。
決心した、決めた、もういいよ、私は明大前では降りません。
やさぐれでいこう。そうしよう。
まじめな時も、ふまじめな時も、努力しようというのが、私なんである。
さて特急が明大前に着くと、白髪の老女もろとも沢山の乗客がドーッと降りた。
優先席には、こざっぱりした奥さんと、私。
うららかに、その日なりの陽光もさして、いまや車内はゆったり、
おとなりの奥さんものんびりしたのだろう。
もってた雨傘を横にたてかけ、遠慮がちに笑うと、私にこう言った。
「さっきの方、奥さんよりずっと年配だったわよねえ。
だけど、あんなにされちゃあ、いやでも座るっきゃないですよね?」
「私なんかもね」
と彼女は、
「こうして傘なんか持って電車に乗ってますけどね、
うちにいてもしょうがないから、新宿まで行ってデパートでも歩こうと思って。
なんの用事もないんですけどね。健康にもいいでしょ」
晴れましたね、なんて言うのだ。
私は、おかしくなって笑ってしまった。
老年がこんなふうにすぎていくことの、なにがわるいんだろうかしら。
バクさんやワタルさんのように、私たち老年の生活の柄が、
歩きつかれて、草に埋もれて寝ようという感じの、
それだということの、いったいどこがいけないというのだろう?
私だってこの人だって、けっこうなことにひと人生が終わったのだ。
デパートだって電車の座席だって、
歩きつかれた身には、隙間だし草っぱらのようなものではないか。
電車から降りなくてよかった。
考えてみればこの新宿行きは居心地がいい。あたたかいしおだやかだ。
それにこの人もそうだけど、私もだれにも迷惑はかけていない。
ちゃんとすがすがしく孤立している。
宇野千代さんの本のタイトル「幸福を知る才能」、そうだ、あれってこれなのかも。
とつぜん、以前からやってみたかったことが今ならできる、と思いつく。
おかしいではないか。
宇野さんは文中よくこの合いの手を入れるけれど、
私がこれからやろうとしていることだって、ばかばかしくておかしいのだ。
そうだ、そうしよう。できるだけゆっくり、思うぞんぶん侘しく過ごす!
私はわびしいという感覚がけっこう好きだったんだ。
そうだ、ロマンティックってまさにこれだ。
今日という日は、そのためにあるのかもしれない、もしかしたらね。
新宿に着いたけど電車から降りないことに決めた。
電車はそれからながい時間をかけて、私の住いのある駅まで戻ったが、
そこでも私は立ち上がらないし、電車なんか降りないのだ。
おかしいではないか。
片方の終点まで乗って行って、それからまた新宿へとずーっとひき返す。
多摩川の鉄橋を、電車がまた渡っている、ゴトンゴトン、と。
・・・こうしてゐると
われ等の腕の橋の下を 疲れた無窮の時が流れる・・・・ ・・・・。
そうよねー。
私は、ギョーム・アポリネールが好きだったっけ。
孤独な、意味のない遊覧。
空はもうすっかり晴れてしまった。
窓外は、はにかんだような風情の畑。向こうの農家。
建売住宅・・・悪夢めいたビルディング。
もう一度ひとまわりして、気がすんで、やっと私は電車から降りる。
小学5年生のときだった。
あのころと今日の間には、50年もの月日があるのだった。
あの時以来の、ばかばかしいからくりかえすことができなかった夢を、
私はとうとう、かなえることになったのだ。
12才だったあの日、
小学校の、牢名主みたいな担任のばかやろうがイヤで、
高田馬場を出た電車が新宿に着いても、降りることができず、
私は山手線をぐるぐるぐるぐる回って、絶望するだけの、逃亡の、一日をすごした。
まだほんとうのこどもなのに、荒れたおとなたちにまざって。
それは二日続けて頑張ることがやっとの、耐え切れない旅であって。
おとなになるとは、としををとるとは、
そういうばかげて意味のない苦痛からの解放なのである。
2012年2月3日金曜日
住民投票「原発」稼動の是非を問う
東京都条例の実現をめざす署名運動が行われている。
新聞によれば現在の集計16万7千筆
平成23年
2月9日まで
(必要筆数22万筆 だいじをとって30万筆)
1月30日受任者(署名を集める人)に私はなった。
遅すぎて、すごくはずかしい。
私の居住団地に、裕福そのものに見える方がいる。
退職したあと、市議会のオンブズマンにご夫婦でなり、
畑では無農薬野菜をつくり、
音楽家のお嬢さんがいて、家族そろって音楽ご一家だとか。
健康無敵。
ふだん平成平和だったときはスゴイと思うばっかりだったけれど、
最近バッタリ会って、
原発に反対、国民投票がいい、署名したいといったら、
30日の日、
「今日これから駅前で、都民投票の署名あつめをやるそうだよ」
と教えにきてくださったのである。
大根とほうれん草をその時わけてもらって、
それがまた親しいように私の気持ちにおちて、
よく思うことだけど、うちの団地っていいところだ、とまたもや思った。
けっきょく人が石垣、人が城、なのだ。
子どもの未来をつくるのは政治や経済、会社企業のモウケより、
ここまできたら、まずは無防備にみえるみんなの決意だと思う。
こどもはこどもの気持ちで、意見投票をするべきだし、
投票権をもつ人は、いまこそ自分の権利を行使しなければいけない。
私は赤ちゃんにだって、拇印をおさせたいぐらいだ。
無効だっていい。
無効にすることならもう簡単にできる。
でも、
なぜこどもには殺されるチャンスだけが与えらるのだろう?
いのちの所有者はその子なのに。
命は、みんなで思い思いに大事するものだ。
そう思いながら親は育てて、だれもがのびのびそうすることができて、
はじめて気持の良い連帯も生れる。
駅前で、
東電『原発稼動』の是非は自分たちで決める!
そう書いたパンフレットの入った紙袋を、
「受任者になりたいんですけど」
といったら手渡された。
なんでも私が住んでいる市では、
前から反原発運動をしていた人たちが
直接請求に反対しているそうである。
反対には反対のちゃんとした理由がたぶんあるのだろう。
だけど私は、
こと憲法と原子力に関しては、
ジカに意見を、ほかならぬ投票箱に、シッカリ提出してみたい。
運動体がどう分裂しようと、結果がどう出ようと、
どこの政治家がなんと言おうと、
自分個人の考えを「決定」し「意思表示」するべき時が今だと思う。
国家やマスコミや学校を仕切るえらい人たちにだまされたと、
そんなことを言うほど今日この頃の現実はわかりにくいだろうか?
原発が危険かどうか、こんなになってもヨクわからないなんて?
ばかを言ってもらっちゃこまるとおもう。
2012年2月1日水曜日
反響
今日も
思うことを、思うままに言うことが難しく
のろのろと、ふわふわと
ああ、一生懸命くらしているのに
なんにもできずに、日が暮れる
雲は不思議なかたち
ワニの上に牛がいて、牛の上に鋭い眼の鷹がいて、その上に象が見える日。
象の上には、もうなんにも出てこないから、さいしょのワニをもう一度みると、
ワニの植木バサミのような口からは、恐竜がうまれかけて、
ああ、でもそれらは見るまに、見るまに、青空でしかなくなってしまう
私の一日は、そうじやせんたくやかいものとごはんのしたく
わたしが、いなかったことにすることに、
だれのじゃまもしなかったことにするために
つまり、すべての痕跡をけそうと、いわばとぼけることにしか
ならないことが多い
雲とちがわないような
そんなじぶんを
いや、いっしょうけんめい生きているよと
私が私にいってやる気がしないのは、
そういってやる気なんかしないのは、
あたりまえのことに私が人間で
人間であって、雲ではなく、
おまえさんにはおまえさんの尊厳というものがあるという
なつかしい死んだ父たちのことばが、
いまも空想の自尊心に反響するからなのだろう
登録:
投稿 (Atom)