2012年2月4日土曜日

やさぐれ


ある日のことであるが、調布駅で特急電車に乗りかえた。
優先席の前になんのつもりもなく立って、本を読みはじめたら、
どういうわけか突然、腰かけていた白髪の老女が私に席をゆずろうとする。
「どうぞ!」
彼女のほうが年上のはずなんだけど、相手の考えは明らかにちがう。
いくら私がけっこうですからとお断りしても、決心を変えてくれない。
にこにこと席を立ち、座席横のステンレスの棒につかまってしまうのだ。
「どうぞどうぞ。わたくしはいいんですよ、お座りになってくださいよ」
よくないよー。すわりたくないのよ。
私は彼女をながめる。
白髪の上品な人でやせている、この人はいったい何歳なんだろう?
ええと。そうすると私は、80とか87ぐらいに見えてるわけか?
不幸にも疲労困憊した老女、と私をそう思ってるわけなのね・・・。

ちがわないのかもしれない、だって老女のはしくれだもの、それはもう。

私は腰かけさせてもらう。あんまりがんばって断るのもよろしくないと思うのである。
ドッと老け込んだ気持も当然で、彼女は立っている、私は座っている。
電車はゆれて、もうあと3分もすれば困ったことに明大前に着くのである。
「ご遠慮なくね。わたくしは次の駅で降りますから」 と彼女。
「ご親切に。ほんとうにありがとうございます」 と私。
うーんと。
明大前に着いて私が降りたら、この人、がっかりするだろうなあ。
まわりにいる人がみんな成りゆきに興味をもっているような気がする。
ま、いいや、いい、と私は追いつめられていく。
吉祥寺に行くのをあきらめればすむことなのだ。
そんなにカリカリしなさんな、人間、ゆうずうむげ、がよろしい。
新宿まで座って行くのがとっても楽しいって思いなさいよ。
今日は待ち合わせでもなんでもない。
買い物をやめても死なないし、やめればお金もかからないじゃないの。

ゆずってくれた人に悪くって席が立てない私は、内心歯をくいしばり、
終点の新宿まで乗って行きましょうよ、と自分で自分を説得、
しょうがないじゃない、明大前じゃなければ新宿なのよ、特急なんだから。
決心した、決めた、もういいよ、私は明大前では降りません。
やさぐれでいこう。そうしよう。
まじめな時も、ふまじめな時も、努力しようというのが、私なんである。
さて特急が明大前に着くと、白髪の老女もろとも沢山の乗客がドーッと降りた。
優先席には、こざっぱりした奥さんと、私。
うららかに、その日なりの陽光もさして、いまや車内はゆったり、
おとなりの奥さんものんびりしたのだろう。
もってた雨傘を横にたてかけ、遠慮がちに笑うと、私にこう言った。
「さっきの方、奥さんよりずっと年配だったわよねえ。
だけど、あんなにされちゃあ、いやでも座るっきゃないですよね?」

「私なんかもね」
と彼女は、
「こうして傘なんか持って電車に乗ってますけどね、
うちにいてもしょうがないから、新宿まで行ってデパートでも歩こうと思って。
なんの用事もないんですけどね。健康にもいいでしょ」
晴れましたね、なんて言うのだ。
私は、おかしくなって笑ってしまった。
老年がこんなふうにすぎていくことの、なにがわるいんだろうかしら。
バクさんやワタルさんのように、私たち老年の生活の柄が、
歩きつかれて、草に埋もれて寝ようという感じの、
それだということの、いったいどこがいけないというのだろう?
私だってこの人だって、けっこうなことにひと人生が終わったのだ。
デパートだって電車の座席だって、
歩きつかれた身には、隙間だし草っぱらのようなものではないか。

電車から降りなくてよかった。
考えてみればこの新宿行きは居心地がいい。あたたかいしおだやかだ。
それにこの人もそうだけど、私もだれにも迷惑はかけていない。
ちゃんとすがすがしく孤立している。
宇野千代さんの本のタイトル「幸福を知る才能」、そうだ、あれってこれなのかも。
とつぜん、以前からやってみたかったことが今ならできる、と思いつく。
おかしいではないか。
宇野さんは文中よくこの合いの手を入れるけれど、
私がこれからやろうとしていることだって、ばかばかしくておかしいのだ。
そうだ、そうしよう。できるだけゆっくり、思うぞんぶん侘しく過ごす!
私はわびしいという感覚がけっこう好きだったんだ。
そうだ、ロマンティックってまさにこれだ。
今日という日は、そのためにあるのかもしれない、もしかしたらね。

新宿に着いたけど電車から降りないことに決めた。
電車はそれからながい時間をかけて、私の住いのある駅まで戻ったが、
そこでも私は立ち上がらないし、電車なんか降りないのだ。
おかしいではないか。
片方の終点まで乗って行って、それからまた新宿へとずーっとひき返す。
多摩川の鉄橋を、電車がまた渡っている、ゴトンゴトン、と。

・・・こうしてゐると 
われ等の腕の橋の下を 疲れた無窮の時が流れる・・・・ ・・・・。

そうよねー。
私は、ギョーム・アポリネールが好きだったっけ。
孤独な、意味のない遊覧。
空はもうすっかり晴れてしまった。
窓外は、はにかんだような風情の畑。向こうの農家。
建売住宅・・・悪夢めいたビルディング。
もう一度ひとまわりして、気がすんで、やっと私は電車から降りる。

小学5年生のときだった。
あのころと今日の間には、50年もの月日があるのだった。
あの時以来の、ばかばかしいからくりかえすことができなかった夢を、
私はとうとう、かなえることになったのだ。
12才だったあの日、
小学校の、牢名主みたいな担任のばかやろうがイヤで、
高田馬場を出た電車が新宿に着いても、降りることができず、
私は山手線をぐるぐるぐるぐる回って、絶望するだけの、逃亡の、一日をすごした。
まだほんとうのこどもなのに、荒れたおとなたちにまざって。
それは二日続けて頑張ることがやっとの、耐え切れない旅であって。

おとなになるとは、としををとるとは、
そういうばかげて意味のない苦痛からの解放なのである。