2013年1月22日火曜日

大家族にかこまれて


ヤニーさんはリック四兄弟の母親である。活力があるし体格がオランダだ。
すげえ体力、とびっくりした健が、なにかスポーツをやっていたんですか、ときくと
「いいえ、なんにも」と遥の通訳で、けげんそうな返事がかえってきた。
・・・沈黙。
以後、オレがなにか言うと遥が迷惑する、と思ったかして、
健はナゾに満ちた微笑をうかべ、私の横でいつ見ても東洋ふうにかたまっている。
髪は切った。服装もまあまあ。笑顔一種類のみ、眼にやきつくほど単調。
まったくもう。
リックはああだし、健はこうだし、亜子はハンス・ブリンカーだなんて知ったかぶり、
英語とオランダ語と日本語がどうやらわかるのは遥さんだけ。
嫁なんだし、アジアの辺境からヨーロッパにきた母親と弟をかかえているんだし、
すなわち気配りでへとへと、かわいそうにキレかかっている。
でもさー、どうにもできないのよ。助けてあげたくたってにっちもさっちもいかないもん。

そこに、二男のピムが家族全員でやってきた。
五人の子どもたちと夫婦、である。
ステイファンも赤ちゃんを連れてきた。
ふつうの居間に、十二人のオランダ人!
これでも、誰それはこういう理由で来られなかったとすまなさそうに言う。
ヤニーに召集をかけられ、みんなが遥の母親と弟に、あるいは両親に、
敬意を表して来てくれたということだろうか。
子どもは椅子に腰掛けちゃダメとお母さんに注意されて、
十四歳の女の子とその妹がパパの膝にこしかけ、
その下の男の子と女の子はママの膝に腰掛け、
めがねをかけた男の子はそこらへんに腰掛け、
しつけがきびしいのか、とにかく、みんながくっついてジッとしているのだ。
束になって、記念写真の絵のようになって、ジッと、シーンとしているのだ。
ピムお父さんはくたびれている、その奥さんは子どもとにっこりして黙っている。
ステイファンはさりげない笑顔だけどなにも言わない。リック、知らん顔でパソコン。
ディックさんは奥の安楽椅子でただもう赤ちゃんをあやしてる。
ヤニーは台所でオランダ伝統のスープを作っている。

「この圧迫感がスゴイっ」
遥がソファの横にドシンとすわって日本語で弟に冗談を言う。
いったいこういう局面で健ってどんな顔してるのか、横目で見たら、
就職先の白人のお屋敷に連れてこられた黒人の少年のようだ。
新しい洋服の中で居心地悪そう、オレは単なるチベットの地蔵だからみたいな。
あれはあれで必死のパフォーマンスなんでしょうね、きっと。

ディックさんがにこにこして、いう。
「こういう時、ああ、天使が通りすぎたと我々は言いあうんだ」
ディックさんこそ天使のよう、、おだやかで自然で、いいなーと思う。

不思議だ。
どうしてあんなに静かにしていられたんだろう、子どもがみんな。
あり得ないことだと思って、一日中、考えてしまう。
水路にさえぎられた静かで変化のない広大な住宅地のなかに住んでると、
ジャパンのハルカは珍しい、弟とか母親なんて、もっとパンダみたいに珍しいのかも。
私も息子も、めったにない体験をしたわけである。
苦しいような愉しいような一日・・・。
人情って、オランダも日本も変んないのよね。