2013年1月17日木曜日

閑話休題 アムステルダム





遥が言った。
これは、ゴッホが精神病院で描いた絵よ。
ゴッホは36才で死んだでしょ。
精神病院に入院している時、一日に二枚も三枚も描いて、絵を大量生産した。
世界最多の絵を生産したのはだれでしょう? ピカソなんだって。
でもね、ピカソほど長生きしたら、世界一たくさん描いた人はゴッホだっただろうって。

遥の説明つきで、(ガイドがオランダでの職業)、
若い時の作品から順に、ゴッホの痛ましい一生のあとをたどって歩く。
ゴッホ美術館はしばらく前から改装中、ここはエルミタージュ美術館別館である。
フランスの印象派展、そしてゴッホ。
この入場券でゴッホだけ見るなんて、ケチかもしれないけど残念だから、
長いこと別の棟の印象派展を見て、しかるのちゴッホ美術館のゴッホを、
遥の説明をききながら、見て見て、見る。
疲れて。足が痛い。お茶を飲みたい。そういうとこないの、あるはずよ?
エルミタージュの食堂のケーキは、手がつけられないほどガンガンと甘い。
健はビールを見つけて飲んだ。そのほうがかしこかったわよねー。

「まえにきた時、あたしが一生懸命説明してるのに、
お母さんてば、あんたってぴーちくぱーちくウルサイわよって言ったのよ。」
そんなこと言ったおぼえが全然ないのに、遥が弟に言いつけている。
そうかなあ。彼女の解説は、絵画史を背景に具体的だしイキイキしてるし、
絵がそれまで考えたこともない形で、頭に入っておもしろい。
「感心したんだけどなあ。すごく尊敬したのに。そんなこと言った、ほんとに?」

・・・遥って、背後霊のしつこいのみたいに、親切なガイドだ。
美術館では、とにかくなにを聞いても返事をする。
しかもウスッペラなこっちのただの質問に、三倍答えるのである・・・。
弟は、気がつくと姉から離れて、ふらふらーっと、別のところで別の絵に感心している。
そうかもしれない、私はあんたウルサイよーと言ったかもしれない。

列車のなかで遥が私に言う。
「あれはなーにこれはなーにって、思いつくたびいちいち聞くな。
遥がなんでも知ってると思ったら大間違いだよ、お母さん。
いいねっ、あんたの娘はオランダ通の百科事典じゃないんだからね!」
私はドッと笑ってしまった。
自分だって、京都とか小豆島とかに行く途中で、
「あれはなんの工場?」「あそこの村じゃなにをしてるの?」
なんて聞かれたらこまると思って。