2015年8月3日月曜日

傑作な体験


彼女は私より先にバス停にいた。日蔭に立って、汗だく。
私がバス停に行くと、むこうは銅像のように緊張。
ふとった女のヒトに悪い人はいないとなんだか思って、
「あついですね」
または、
「バスは(定刻に)来ないんでしょうか」
ふたりっきりなのに黙ったままだと息苦しい。
私がバスの悪口のほうを選ぶことにすると、たちまち 相手はいい感じにせせら笑って、
「遅れてくるんだわね、こっちが間に合わないと知らん顔で行っちゃうけど」
女ながらに渋い声である。
「そうそう」
それから私たちはうちとけて猛暑の品評に話題を移し、カユイ、ということになった。
毎日がなんだかカユイ。
うちにダニがいるのかもと私が自分の疑問をカミングアウトすると、
「ほんと!?」
彼女は本気になって、じぶんの家もそうかしらと考える顔になった。
そしてダニコロリみたいな薬品をまいてるけど効かないわよ、あれはねと言った。
ダニ用の殺虫剤が薬局に行っても見つからないと私が言うと、
「そうでしょう、見つからないでしょう?!」
私は笑いそうになっちゃって、
ダニはでも、噛まれた跡が二つ並んでいるからスグわかるじゃない、と言った。

おかしいのはそれからだった。
「それなら、いま、噛まれた跡があるんだけど」 と彼女が言う。
見せようかしら。おっぱいの下なのよ。
べつにへんな話じゃないしと、わさわさ、手荷物を持ち替えたりしている。
暑いのと、汗だくなのと、世間話なのと、バス停という公共広場なのと。
ヘンな話じゃないのかどうか、 ヘンだとしても断るのも水をさすようだし。
まあいいか。はははは。それで私は言った。
「そうね、見てみようかな。」
ふかふかしたギャザーのブラウスの下にふとった白いきれいな胴体・・・。
 じろじろ見たけど、バスがきたから、ダニの噛み跡までは見つからなかった。

なんだか最近はいい人が増えた、と思える午後だった。
武蔵小杉まで行くと私がいうと、彼女はすごくにこにこした。
いいところで懐かしいわ、と言ってくれたのである。