2011年10月13日木曜日

バイキンマンがすき


けんかしたりケガをしたりで、たびたび職員室に連れられてくる。
三人兄弟の真ん中、自分だって小さいのにもうお兄ちゃんなのだ。
トラブルが続いているけれど世にも素直。心というものがそういうふうにできてる。

おとなの世界からやってきた私のお手上げでマヌケな質問。
「テレビ、みるの?」
彼は小さな顔に大きなメガネをかけてるんだけど、泣きながら、
「うん、ぼ、ぼく、」
ぼくは、ぼ、ぼくは、いい子だと、いい子な時だとゆ、夕方、テレビを見せてもらえる。
なんてりっぱな話しぶりなのだろう、まだ三才にしかならないのに。
あなたはテレビづけじゃない子どもなわけねと私は思い、
「ふうん、あなたのママは、いいママなんだねー?」
「うん、マ、ママ、いい、いいママ、なんだよ」
うなづきながら、また新しく泣きはじめた。
ママにあいたい、という。
そういうわけにいかないのよ、と私はまたもお手上げ、
「幼稚園がおわるまでもう少し、あの時計を見てごらん、あと1時間27分」
なみだの目が読めない時計をみて、ぼうぜんとしている。
どんなに悲しいんだろうかなあ、この子っていま。
「テレビだと、なにがすき?」
アンパンマン、と彼は言う。ハスキーヴォイスでもって。
「アンパンマンかあ。あのさあ、アンパンマンのなかのだれがすき?」
彼はタオルでなみだと泥をけんとうはずれに拭きふき、
「ぼくはね、ぼくね、ぼくはバイキンマンがすき」
「えー、これはおどろいた、どうしてなの?」
彼が、バイキンマンをすきなわけは、こうだった。
「ぼくはいまはまだ小さいんだけど、だけど、いまに大きくなるから、
きっと大きくなるから、大きくなったら強くなって、そうなるから、
そうしたらバイキンマンみたいにやっつける人になるんだから、
わるものたちををやっつけるんだから、きっとそうなるんだから、いいんだよ」

今はまだ小さいけれど、きっと大きくなるから、きっとそうなるんだから。
こんなに自然な希望にみちた声というものがあるだろうか?
ああ、ずっとそう思いながら大きくなってくれたらどんなにいいだろう!