2019年3月18日月曜日

車中小風景


朝がた、不意の思いつきで高崎へ。
JR湘南新宿線高崎行き、行きは出発間際に飛び乗って普通車、
最近痩せてしまったせいか固い座席に座り疲れ、帰りは新宿を通るグリーン車に。

行き。
淡いピンク色のジャンパーを来た女の子が、5才ぐらいか、お母さんと手をつないで、
車内にやってきた。女の子は私の隣りに。お母さんは向かい側の空席に。
席を替わってあげればよいのだけれど、まあどうなるのかしらと見ていると、
ちびさんはしかたなくお母さんと離れて私の隣りに腰かけ、小さい声で
わらべ唄の手遊び。
可愛い顔のほそい眼が、遊びながら横目で、私をちょっと見る。
私がだまって少し笑うと、あわてて横を向いた、
恥ずかしそうに、でもほんのちょっと自分も笑うのだ。
手遊びをつづけて、ちいさな顔の内っかわが、にこにこ元気になり、
「おかあさーん」と向こう側の母親を呼ぶのが、のどかだ。
ひとまわり、わらべ歌をおしまいまで歌いおわると、
女の子は歩いて、向かい側のお母さんの膝に無理やりのぼった。
運動靴の足が、隣席で熟睡中の若い女性の、かさばったブラックのスカートにさわる。
お母さんは気にしない。いいのかなあ。私はハラハラするが、
こういうのんびりが、あの子の自然さをつくっているのかもしれないのだし。
女の子の運動靴が圧迫するので、ブラックな彼女はねじれてごわごわ。
一度なんかパッチリ目をひらき、マスカラの濃い化粧顔で不満そうにモゾモゾ。
でも、真っ黒いパーマの、チリチリのウェーヴもそのままに、また目を閉じてしまう。
高崎の手前の駅で降りようと、車両の連結部を通りながら、
ピンクのジャンパーの小さい手が、私を気にしてひらひら、さようなら・・・を
してくれる。
ちいさなリュックサックはたびたびの洗濯で少しくたびれている。
それがまた、きちんと育てられている感じだな、みたいな。

帰り。
高埼発。グリーン車なり。らくちんだ。
ところが前の座席にビールの缶を抱えた、しあわせ男が一人で腰かけた。
小柄中年な彼は、毛糸の野球帽子をすっぽり被って、幸せそうにぬくぬく、
缶ビールをプシュッと開ける音がした。さっきチラッと見たけど、小太り。
煎餅をリュックサックから取り出して、ビリリッと、袋をやぶく音がした。
ビールにお煎餅は幸せな組み合わせ。背もたれに隠れて見えないけれど、
優秀なお煎餅というものは、おかず代わり、ご飯がわり、ご飯どきは特に
19時15分発の電車だ、たぶんそうなんだろうという音が始まる。
的確にかみ砕く、食の喜びと満足度を完璧なまでに実現させる、音。
パリポリ、パリポリ、ぽりぽり、パリポリ、ぽろぽり、パリパリ、
ぱりぱり、ぱりぱり、ぽりっ、パリッ、ぽりぽりぽりぽり・・・。
あきれるばかりの連続音が、いつまでもいつまでも続くのである。
煎餅を夢中になって噛みくだく音には、ちゃんとした強弱と説得力がある、
それは力強く、けっして終わることがない。
たぶん味が良くて、「当り」なのよね。
私がきのう池袋芸術劇場で聴いた、世界一らしいような、交響楽団さんの、
ブルックナ―の絶対音周辺を、つい連想してしまう。
それにしてもこの演奏?いやもとい、噛み砕く複雑な歯擦複数短音は、
生活力的効果をあげて、なかなか優秀、匂いさえなければ。
・・・噛砕音とでもいうのかしらん。
あっちは上品の極致、こっちはどうなのかしら。
ポリポリ、ぱりぱり、パリポリ、ぽりぽりぽりぽり・・・。パリ、パリ、
がり、ボリ、パリパリ、パリパリ、ぽりパリ、ぽりパリパリッ、パリッポリ。
その人は、もうずーっと、最後に袋を丁寧にたたむまで(音がした)、
車内販売の売り子さんに、あれこれ迷った末「ハイボール!」
その時以外は一心不乱である。
パリポリ、ポリポリ、ぽりっ ぽりっ ぽりぽり・・・。
パリパリ、パリポリ、パリリ、パリポリ。
ひるまのあの可愛い女の子にくらべると、なんてお行儀だろう。
周囲の人となんのかかわりを持たず、遠慮も会釈もなく、終始お煎餅!
エレガンスという観点からいっても、4才か5才の女の子にも劣るではないか。
よっぽどのお煎餅、・・・いやもう言うまい!