2020年2月22日土曜日

屈託


病院の予約の時間をまちがえてたから大変だった。
あわててバスに乗る。あわてて歩き、あわてて受け付けで受付てもらう。

血液検査と、骨密度の検査と、咳がと言ったら肺のレントゲンが増えた。
骨密度は私の予想とちがって、なんだか結果がよろしくない。
シロウトが予想なんかするのがだいたい生意気なのかもしれない。
でも私の歯医者さんは、あなたは骨が優秀だと言っていたのだ。
この見解の相違はどこから発生するのか。
歯も骨なんじゃないの? 歯以外の骨が骨粗鬆症 ・・・転ぶと大変。
たぶん歯の質が良いのはご先祖のおかげでしょうと歯医者さんは言った。
私の祖先は浜名湾の宿屋だった。脇本陣である。
浜名湾が目の前にあるのだから、食生活は魚中心だったにちがいない。
粛々と、あるいは厳然と、数値が示されているというのに、
往生際も悪くそんなことにこだわる私は、おおかたの年よりと比べると、
たぶん雰囲気からして、反抗的なのかも。感じが悪いのかも。黙っていても。

肺はきれいでしたよ。そのうち本格的に肺を調べましょう、
結核の心配は今のところありませんが。そうも言われた。
本格的に? 国語的には、心配ないなら本格もなにも、
追究しなくたっていいはずじゃないの、と思うわけである。
糖尿病の数値は安定的に下がっていますし、いいでしょうと言われた。
闘病という観点からすれば、ルール違反ばかりの食生活をしているのに、
どうして安定的になるのか、身体の具合と不具合は、どうもわからない。

コロナ・ウィルスの今現在の注意点です、という紙をもらう。
新聞報道なんかどこを吹く風みたいな、非常に落ち着いた内容だった。
新聞は異なる見解を、おなじ紙面に乗せて知らん顔である。
新聞は編集が投げやり、病院は人間より機械。途方に暮れてしまう。

薬局で薬をうけとり、そのあと多少の買い物をし、バスを待って帰宅。
もうくたびれちゃって、がんばれないかも、と思いつつ食事と洗濯をする。
午後が4時になり5時になった。

夜中、川本三郎の「サスペンス映画ここにあり」を、パラパラと読む。
・・・こういう記述があった。
「タイムリミット25時」
  このダンサーを演じているのがスーザン・ヘイワード。鼻っ柱の強さで知られる。
  のち「私は死にたくない」(58年)の女死刑囚役でアカデミー賞を受賞する。
  「タイムリミット25時」の撮影直前に、俳優である夫のジェス・パーカーとの
  あいだに双子の子供を産んだばかり。少しやつれた美しさを見せる。

双子を出産すれば、少しやつれる。スーザン・ヘイワードがどんな美女でも。
人間は壁紙じゃないから、完璧な同一状態では過ごせないものだ。
こういう変化を受け取る心構えは、医者にこそ必要ではないかと思う。
骨密度だって、若い人と老人では当然ちがう。数字のよしあしでポンと治療方針を
口にするなんて、と思う。なんだか乱暴な人だと思うのは、数値から目線が離れず、
目の前にいる患者の、個体としての自然に判断の基準を置いてくれている感じが
しないからだ。めんどうくさいんだろうか?
きっとそうだと思う。見渡すかぎり老人ばっかり病人ばっかりだから。

映画評論家というのは川本さんの肩書の一部であるが、なにを読んでも、この目線の
温かさ、選択眼、対象を丁寧にながめる彼の立ち位置が、いつも好ましい。